君には敵わない | ナノ
甲高い黄色い声も腹の底に響くような低い声も、高揚とした音の渦巻きと観客席を包んでいるだろう熱気が、選手控室にまで届く。
腹の奥にせりあがる緊張と、それに負けない勢いでふつふつと沸く、純粋に楽しみだという興奮は何度体験しても心地が良いとフィディオは口元に笑みを浮かべながら思った。

ベンチに腰を下ろしたまま、ぐるりと控室を見渡す。

無機質なロッカーに囲まれた、大して広くはないこの部屋も、ひとりだと何か持て余したような空間になる。
先ほどまで共に騒ぎ立てていた他の仲間達は、すでに控室から出て行った。
まだフィディオが一人ここに留まっているのは、ルシェがやってくるのを待っているからだ。



「ごめんなさい!遅くなっちゃった!」

慌てた様子で控室に飛び込んできたルシェは息を切らして情けない顔をしている。
綺麗なクリーム色の髪を少し乱して、その様子から本当に急いで走ってきたことが覗えた。
そんな彼女を目にとめると、フィディオの笑みはもっとくっきりとした機嫌の良いものに変わった。

「待ってたよ、ルシェ!」

フィディオが両手を広げるとルシェはそこへ勢いよく飛び込んだ。
乱れた髪を整えてあげるように指で梳くと、ルシェはやっと安心したように、フィディオに笑いかけた。

「来てくれないかと思った」

からかうようにフィディオが言うと、まさか、とルシェが首を横に振る。

「わたしがフィディオお兄ちゃんの試合を見に来ないなんて、あり得ない」

どこか大人びた物言いに、フィディオはわざとらしく目を丸くしてみせた。

「そんな口説き文句、どこで覚えてきたんだい?」

「ジャンルカお兄ちゃんって言ったらどうするの?」

「あとでお礼言わなきゃ」

軽口をたたきあってひとしきり笑うと、ルシェは甘えるようにぎゅっとフィディオに身体を密着させた。
フィディオもそれに応えるように、ルシェの背にまわされている腕に力を込める。

「今日の試合も頑張ってね、わたし、遠くからでも聞こえるように一生懸命応援するから」

「もちろん、ルシェのために点を取ってみせるよ」

「えへへ、待ってるね」

それから少し顔を上げて、ルシェはフィディオの頬に顔を近づけた。

なんだろうとフィディオが思う間にそこに触れたのは唇で。

ちゅっ、と優しく触れ、離されたその行動に、フィディオは今度こそ本気で目を丸くした。
ルシェは驚くフィディオの表情を見ると満足げに、いたずらが成功したような晴れやかな笑顔で笑っている。

「試合に勝てるように、おまじない」

驚いて言葉が出ないとはこういうことを言うのだろう、と思考が停止しそうな頭を無理やり動かしてフィディオはそんなことを思う。
ルシェは何も言わないフィディオを不思議そうに見上げて、お兄ちゃん?と呟いた。

「・・・本当に、こういうこと、誰から教わったんだい」

だんだんと押し寄せてきた照れに気が付かないふりをして訊ねた。

「んー、内緒」

「・・・えーと、他のひとには、やっちゃダメだからね」

驚きを隠せないままフィディオはなんとか念押しすると、ルシェは小首を傾げて、当たり前じゃない、と言ってのけた。

「もちろん、お兄ちゃんにだけ、特別だよ?」

(ああ、もう!)

本当に理解して言っているのか、それとも誰かに吹き込まれたままにからかわれているのかは分からないが、年下の女の子の発言にこんなに振り回されるなんてと悔しく思いながら、フィディオはもう一度ルシェを強く抱きしめた。
これから行われる試合に対する、先ほどまでの緊張や高揚感は気がつけばどこか遠くへ飛んで行ってしまったようだ。

(ルシェがもっと大きくなったら、もっと振り回させることになるかも)

そう遠くはないだろう未来のことを杞憂して、しかしそれも悪くはないかとフィディオは思った。
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