真夜中のコール | ナノ
※大学生

ベッドに勢いよくダイブすればひどく安堵するのと同時に、どっと疲れが押し寄せてくるのを感じて、夏未の口からは思わず溜息が洩れた。
普段なら服がしわになるからとこのようなはしたないことはしないけれど、今日ばかりは気使う気になれないでいる。

今日、夏未は初めてサークルの飲み会というものに参加をしてきた。

夏未自身はそのサークルに席を置いているわけではないが、所属している秋がまだ知り合った人達とはまだそこまで親しいわけでなく、ひとりでは心細いからという理由で彼女に声をかけたのだった。
そういう飲み会というもの自体には前々から興味があったし、何より、秋がそういった理由で選んでくれた相手が自分だったということがとても嬉しくて二つ返事でついて行ったのだった。

大衆向け居酒屋というものの内装や雰囲気の今まで体感したことの無い空気にドキドキしたし、女性の先輩達の暗がりに映えるきらびやかなメイクや服装は大人っぽくてキラキラして見え、ノンアルコールカクテルのカラフルな色合いには心が躍った。

でも、男性陣の吸う煙草の臭いは嗅ぎ慣れず、酔った人々の独特の高揚としたノリには若干引き気味になってしまった。
また、初対面にもかかわらず距離感をとってくれない人にも多少のイラつきを覚え、あからさまに不機嫌な顔をしてしまった場面もあった。
相手はひどく酔っていたから気付いていなかっただろうけれど、あの時少し離れた席から心配そうな表情でこちらを窺っていた秋にはいらない心配をさせてしまったと思い、夏未は申し訳なく感じた。

(明日謝らなくちゃ、せっかく誘ってもらったのに・・・)

そう思いながら、くん、と匂いを嗅ぐと自分からうっすら煙草やら他人の香水なんかが混じった臭いがして夏未は思わず眉をしかめた。
しわだけじゃない、このままでいたら布団に臭いがうつってしまうだろう。
しかし、やっぱりどうにも動く気になれず、代わりに、隣に投げたバッグに手を伸ばし中から探り取り出したのは、ケータイだった。
うつ伏せのままけだるげに着信履歴から『豪炎寺』の名前を選ぶと夏未はほとんど無意識に着信をかけた。


ワンコール、ツーコール。


単調な電子音を聞くうちに、夏未はだんだん冷静になってきて枕元に転がっていた目覚まし時計をこちらに引き寄せた。
見れば日付がもう翌日にまたいでいたことに気がついて、慌てて電話を切ろうとした。
もう眠っているだろう、時間を確認すべきだったと後悔するのと同時に、電子音が途切れ、変わりに聞こえてきたのは眠たげなトーンの『どうした?』という単語だった。
その声を聞いた途端に夏未は、あの飲み屋の喧騒とかアルコールや煙草の臭いとかそういったものがすっと自分を纏う空気から消えていくような気がした。
もしもしでもなく、名前を尋ねる言葉でもない、聞こえてきた至極単純な『どうした』の4文字は何より自分の身を案じてくれているような気がして夏未の心を優しく震わせた。

「夜遅くにごめんなさい、もう寝ていたわよね?」

「いや、起きていた」

その答えに夏未はそう、と呟いたが、嘘をついてくれたのだと分かった。

きっと明日も早くから練習があるに違いない。

すでにプロのクラブチームから声のかかっている豪炎寺が今まで以上に厳しい特訓に励んでいることを知っている。

そんな人をいつまでも自分のわがままで起こしておくのは申し訳ない。
こうして一言、声を聞けただけで、夏未はもう満足だった。

「でも、本当に遅くに悪かったわ。用ってほどのことがあるわけじゃないの。
週末の練習試合、見に行くから」

それじゃあ、と電話を切ろうとした。
しかし豪炎寺からおい、と制止の声が出て電源ボタンを押しかけた夏未の指が止まる。

「なぁに?」

「少し、話そう」

「・・・明日も早いんじゃなくて?」

「少しくらい問題ない」

「でも・・・」

こういったことで負担になりたくないと、夏未は思った。
しかし言い淀んでいるうちに豪炎寺が低く、喉の奥で笑って、それを聞いて夏未は眉をひそめる。

「なによ、心配しているのに」

「いや、悪いな・・・でも良いんだ、俺が話したいんだから。
お前が眠たいなら、終わらせても構わないが」

どうする?と聞かれて、夏未はもごもごとしてしまう。
嬉しいことを言ってくれている、これもさっきのように、自分に気を使ってくれているからなのだろうか。

甘んじていいのか、意地をはるべきか。

わずかに悩んで、でも、この優しい誘いを断る術なんて、夏未は持ち合わせていなかった。

「・・・わたしは、大丈夫、だけど・・・」

なんとか控えめに答えれば、豪炎寺は再び笑うような空気を醸し出し、どきりとした。
もう本当に、電話をかける前の夏未のもやもやとした気持ちも空気も消え去ってしまっていた。

なら良いな、と念をおす声音は静かで心地よく、心にじんわりと染みていく。

夏未はくるりと仰向けになると、ケータイをしっかり耳に当て直した。

ワンピースのしわも臭いも、もういい。
後日クリーニングに出せば済むことなのだから。
落としていない、もう崩れているだろうメイクも、明け方にはきっと後悔するだろうけれど、今は放っておいてしまおう。

彼の声を聞きながら眠れたらどんな幸せな夢が見れるだろうと想像しながら、しかし目をしっかりと開けて、夏未は豪炎寺の言葉に耳を傾け、ほほ笑んだ。
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