秘密の願い事 | ナノ
※2011七夕

「おおー、結構豪華になったな!」 

感嘆の声をあげたのは円堂だった。 


外は雨。部活は休み。 
それでも、用がなくても部室に人が集まってしまうのは、そこになんともいえない居心地の良さがあるからだろうか。 

とくに約束もしていないのに自然と揃ったのは、三年生の選手陣とマネージャー。 
彼らが囲んでいるのは、何処から持ってきたのか、少し大ぶりの観葉植物。 
そこにはカラフルな紙切れと折り紙の飾りが括りつけられている。 
誰かが急に思い立ったことで行われている、小さな七夕祭。 

  
「短冊まだ余ってるよ、みんなもっと書いちゃえば?」 

秋がそう声をかければ、男子たちは次々に紙に手を伸ばしていった。 
秋と冬花もまた紙とペンを手にして、顔を見合わせて楽しそうに笑っている。
今度は何を書こうかと相談しているようだ。 
  
その様子を、少し離れたところに腰かけて夏未は見ていた。 
彼女の口元に笑みが浮かぶ。 
  
色とりどりの紙には様々な願い事が書かれている。 
  
FF2連覇への意気込みや、新しい必殺技の完成を祈る文字。 
期末考査の神頼み、家族の幸せを願う言葉に、彼女が欲しいといったものまで。 

普通ならこんな役回りは巡って来ないはずの竹代わりの植物は、どことなく迷惑そうな気がしないでもないが、今日ばかりは許して欲しいと夏未は思う。 
この部室の賑やかな空気とみんなの明るい表情は、夏未の胸の奥をじんわりと温かくした。 


  
「そんなところで見物か?」 
  
先ほどまでみんなと植物を囲んでいた豪炎寺が夏未に声をかけた。 
空いていた椅子を彼女の隣まで引きずり座る。 
  
「書かないのか?」 

「あら、書いてないの、見てたの?」 
  
夏未が聞き返すと、豪炎寺は気まずそうに口ごもってしまった。 
その様子が面白くて、夏未は笑みを深める。 
  
「願い事って、こうしていざ言われると思いつかなくて。 
年に一度と思うと、すごく特別な願い事をしなくちゃいけない気がしてしまうの。 
みんなみたいに書いてしまえればいいのだろうけど、そんな器用に出来ないものね」
 
昔からそうなの、と夏未は言った。 

みんなが騒いでいるほうへ二人は視線をなげる。 
松野が半田の短冊を取り上げて、ひらりと紙を宙で遊ばせているところだった。 
それを取り戻そうと躍起になる半田と、囃し立てるひと、苦笑いするひと、声援を送るひと。 
  
「だから、わたしはみんなの願い事が叶うように、祈ることにしたの。 
それなら、特別な願い事だと思えるから」 

「そうか・・・良いんじゃないか」 

「ありがとう。 
・・・なんだか恥ずかしいから、みんなには内緒よ」 
  
良いわね、と念をおす表情は真剣そのものだった。 

同級生たちよりも大人びた振る舞いをする彼女にも、七夕の願掛けを信じる年相応の可愛らしいところがあることを知って、豪炎寺は微笑ましく思う。 
  
「なら、俺のも頼む。 
あそこに飾るのは少し気が引けるんだ」 
  
豪炎寺は制服のポケットから紙を取り出すと、夏未の手に押しつけた。 
それは、青い折り紙で作られた短冊だった。

「みんなには言うなよ」 
  
そう言うと夏未に背を向けて、みんなの輪へ戻って行ってしまった。 
その背中を見送った夏未は訝しげに、渡された紙の文字を読んでみる。 
  
途端に、身体の体温がぐっと上昇した。 
再び彼の姿を目で追うと、紙を渡してきた当の本人は何てことない、いつもと変わらない表情で鬼道と言葉を交わしている。 
夏未は自分ばかりが照れているようで悔しく思う。 

(言えるわけ、ないじゃない!) 
  
心の中で彼に悪態をつき、もう一度紙を見た。 


『いつまでも、一緒に』 

  
短く簡潔なその一文は、やっぱり夏未の体温を上げてしまう。 

(・・・これ、どうすればいいのよ) 
  
誰の目にもつかないようにそっと、小さくたたんで握りしめる。

体温をごまかすように眉根に力を込めて、不機嫌な顔を作ってみせるが、胸の奥の温かな感情はそれまで以上に幸せを感じていた。   
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