ありがとうの気持ち | ナノ
※K生存

朝から玄関先が騒がしいことに気が付いてそちらに赴けば、何故か積み上げられている丁寧に梱包されたカラフルな荷物たちの存在に、影山はサングラスの奥の目を丸くして驚いた。

決して狭くはない玄関先を狭く感じさせるほどに置かれた箱たち。

どうやら、郵送会社が出入りしていたことが、騒がしさの原因だったらしい。

それらをひとつひとつ受け取っては丁寧に積み重ねていたルシェが、立ち尽くす影山に気が付いて笑いかけた。

「なんだ、これは、一体・・・」

お前が何か頼んだのか、と聞くとルシェは否定のために首を横にふる。

「これとこれと、あっちの一塊はほとんどフィディオお兄ちゃんからでしょ、これはキドウさんに、えっとね」

それから、と続々と挙げられる名前に影山は眉を潜めた。

よく知った過去の教え子たちからの大量の荷物とは、一体どういうことなのか皆目検討がつかない。

「なんなんだ・・・」

サッカー関係の資料とか、そういったものだろうか。
彼等と自分を結ぶ共通点と言えば、それが一番に思い付く。

しかしそんなものを頼んだ覚えはなく、他に何かなかっただろうかと思考を巡らせるものの、どうもぴんとしない。

「おじさん、今日は何日?」

悩んで顔をしかめる影山の様子を見て笑みを深め、そばに近寄ると、ルシェは背の高い彼を見上げながら尋ねた。

「・・・19日」

「うん、そう」

それがどうしたというのだと言いたげな表情で見下ろしてくる影山に、ルシェはさらに問いかけた。

「ねぇ、それ、日本だとなんの日だか覚えてる?」

「なんの日?」

再び頭を捻る。

しばらく思考を巡らせて、もしやと気がつき口にしてみる。

6月19日は、父の日。

自分の親に日頃の感謝を込めて労いをする日だ。

あまりに自分には馴染みの無い言葉だから、違和感を覚えるものの、ルシェは満足げに頷く。

それを見て正解らしいことを影山は知った。

この荷物たちの送り主である鬼道やフィディオの何らかの企みに、ルシェも乗っているようだ。

父の日、という単語は影山に遠い昔のことを思い出させた。

かつて自分が幼い子供だった頃に、かつて誰よりも尊敬していた父を祝ったこともあったのだ。

懐かしい思い出がまだ自分の記憶の中に残っていたことに、更には日にちまで覚えていたことに、影山は静かに驚き動揺する。

そういった優しい記憶は、もう、ずっと遠くに置いてきてしまったと思っていたのだ。

悲しく辛い記憶と共に。
父に纏わることはすべて。

はずなのに、この箱を寄越した教え子たちに父のサッカーを掘り起こされてから、どうも他の思い出も露見してきているらしい。

なくしたと思った多くのものは、ただなくしたと思い込んでいたのか、それとも忘れたふりをしていたかったのだろうか。

影山は記憶に手を伸ばす。

一番古く辿れたところで思い出せるのは、最初に父あげたものは紙切れに言葉を・・・肩を叩くとか掃除を手伝うとか、そういったことを書き連ねたものだったと思う。
なんともチープな、子供らしい品だった。

渡した時の父の顔までは流石には鮮明に思い出せないが、確かにそこに温かい空気があったことは間違いないと思いたい。

あのとき父は笑っていた。
ありがとうと、言っていた。
それが純粋に嬉しかったのだ。
尊敬し、ああなりたいと憧れた父を喜ばせることが出来たことが誇らしかった。

父との思い出のすべてが悲しい記憶だなんて、そんなことは無かったのだと影山は安堵する。

憎んだひとはそれでも大切な肉親だと、もういまは思えるから。

「みんな、おじさんに感謝してるんだよ」

驚いた?とイタズラっぽくルシェは笑う。

「ああ・・・驚いたよ」

いつしか父という存在を憎み、それ故にサッカーを憎み、その憎悪で取り返しのつかないことをしてきた自分に、感謝など無縁だと思ってきた。

今も、そう思っている。

むしろ、感謝すべきは己の方なのに、と影山は思う。

ひたすらに悪人であった自分を、光を拒んだ自分を、それでも見棄てずに深い暗闇から救い出したのは、他でもない、彼等なのだから。

まして父の日などに祝われる立場だろうかと問いたくなる。

父だなんて、縁の無い言葉だ。
これほど自分に似合わない形容はないだろう。
親と思ってもらえるようなことが、果たしてあったとは到底思えず、項垂れたくなる。

彼等の優しい真っ直ぐな好意は、決して自分に見合うものだとは思えない。

そんな影山の心理を見抜いたかのように、ルシェは影山をじっと見つめた。

「おじさんは、みんなに、サッカーを教えてくれたじゃない。
どんなかたちでも、それは悪いことのひとつでもあったけれど、でもみんな、おじさんから教わったサッカーを今でも大切にしているわ。
みんなそれぞれの思う正しいかたちで・・・そうでしょ?」

思い出が悲しいことばかりじゃないのと同じように、あなたが教えたことは間違いばかりじゃないんだよ。

「だから、みんなおじさんに、どうにかして感謝の気持ちを伝えたかったの。
みんなで相談してね、キドウさんが日本の日にちを教えてくれて、それがぴったりだって思ったの、母国の日のほうが馴染みがあるだろうから」

イタリアは3月だけど日本は違うのね、とルシェは笑う。

鬼道が、と影山は口には出さずに反復した。
彼がそんなことを言ってくれたのか。

「それに、いまはわたしのお父さん、でしょ?」

そうしてはにかんで、照れたように目を細めたルシェの頭を影山は撫で、それから、ありがとうと掠れた声で呟いた。

たくさんの荷物をゆっくりと見回す。

彼等にお礼を言わねばならない。
箱を開けたら、ひとつひとつ大事にしよう。
それから、ひとりひとり丁寧に感謝の言葉を伝えようと、影山は心に決めた。

なくしていなくて良かった。

父との思い出が残っていて良かったと、心から思いながら。



影山さんへ、父の日おめでとう
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