そして二人は終演へ向かう | ナノ
※アニメ口調
まず驚いたのはどこまで行ってもコンクリートで固められた地面に、それから水分を程好く含んだ空気。
決して強くない日差しに、住みやすい国なんだろうなと思った。
自国は一年中朝も夜も暑くて湿気もすごいから。
それから危険が少ない。
というか、なかった。
砂に足をとられることがなければ、サソリみたいな危険な動物もいないらしい。
見掛けたのは可愛らしい猫と犬くらいだった。
食べ物も景色も、当たり前だけど普段見慣れているものとは大きく違うことばかりで、来日した一日目は目ばかりが疲れてしまった。
ばふっと、勢いよくうつ伏せに倒れこんだベッドはすごく柔らかい。
滞在するために与えられたホテルは、なかなか良い待遇だと満足する。
あまりの気持ち良さに身体が沈んでく感覚。
そのまま顔を埋めてると、開けっ放しのドアの向こうから声がした。
おい、すっげー豪華!
なにこれベッド柔らかい!
ぎゃあぎゃあと騒いでる声は、隣の部屋のザックとマジディか。
あいつら騒ぎすぎだ、としょうがなく身体を起こそうとしたら続いて聞こえてきたのは二人をなだめるような声。
ああ、ナセル。
それなら安心だ。
彼が何事か言うと静かになって、それから俺のいる部屋のドアが閉まる音が続いた。
俺はそれを聞くと、起こしかけた身体をまたベッドに横たえて首だけそっちに曲げた。
そうすると部屋に入ってきたナセルと目が合う。
途端にナセルは眉を下げてお前もか、と呆れたように言った。
たぶん、ベッドに倒れてることを指してるんだろう。
「おい、俺はあいつらみたいには騒いでない」
それにほんとに気持ち良いんだぜと続ければ、ハイハイと流されてしまった。
ナセルは隣に並ぶもうひとつのベッドじゃなくて備え付けの椅子の脇にスポーツバッグを置くと、そこに深く座った。
ふう、と大きく息をひとつついて、頭を掻く仕草は何処と無く哀愁を感じて、まるで仕事疲れの父親みたいだと思って少し笑えた。
ふたりを叱った声に、俺に呆れた表情。
俺たちよりずっと大人びているこいつから感じる安心感。
お疲れ、と声をかける。
「ああ、なんだか疲れたな」
まだ練習もしてないのにな、とこっちに顔を向けてきて、苦笑いした。
「俺もだ。明日にはリズムを戻さないと」
3日後には試合がある。
アジア予選二戦目だ。
イナズマジャパンという日本代表とオーストラリア戦の戦いぶりは母国で観た。
この国は正直ノーマークだったが、どうやら甘く見てはいけないようだ。
かくいう自分達もなんとか勝ち取ってきたアジア予選だから気は抜けない。
「・・・勝ちたいな」
思わず本音がこぼれた。
世界大会が行われると知ってから、ひたすら憧れた代表チーム。
そこに今、自分がいる。
自分がカタール代表のユニフォームに袖を通すなんて、ましてやキャプテンに任命されるなんて。
その喜びと、責任は重い。
選んでくれたエリザ監督の期待に、俺の活躍を国で見守ってくれている家族の思い。
それから、ナセルの夢、みんなの夢。
応えたい、叶えたいものたち。
勝ちたい。
予選で終わりたくない。
俺達は世界に行きたいんだ。
毛布を掴む指が力む。
「ああ、俺も、あいつらも皆同じ気持ちさ」
大丈夫、勝てるよ。
俺をあやすように、それから自分自身に言い聞かせるように、口のかたちだけでそう続けたのが分かった。
こいつにはこいつの、背負うものがある。
「そうだな」
「ああ、期待してるぞキャプテン」
「勝たなきゃ、お前は家に帰れないしな」
「それは言うなよ」
ナセルがあからさまに嫌そうに顔を歪めるから、つい声に出して笑ってしまった。
こいつの親父さんは厳しいひとで、勝てなければ帰ってくるなと言われている。
有力な部族のリーダーの息子は俺以上に背負うものが重い。
親しくなってからその話を聞いたときはひどく驚いた。
そんなこいつの願いも、俺は叶えたいんだ。
勝利を土産に、堂々とナセルを、彼の生まれた地に帰らせたい。
だから今度は俺が大丈夫と言う番。
「勝って、帰るぞ」
俺がお前を帰らせるから、なんて。
本人には言ったことは一度もない。
でも、カタール代表候補として出会って、共に夢を語って、そうしてレギュラーを共に勝ち取った時から胸の奥でずっと掲げてきた願望だ。
強く思い描く。
大事な友達の夢を同じように願うのは当然だろ。
「親父さん、驚かせようぜ」
お前のキーパー技と俺のディフェンスで、守ってみせよう。
ゴールとそれぞれの、夢を。