貴方を想う | ナノ
「そういえばお兄ちゃんの顔、こんなにちゃんと見るの、初めてだね」


ルシェがキラキラと好奇心いっぱいの目をして、俺の顔を熱心に見つめてくる。

膝の上でこちらに身体を向かい合わせて座る彼女の顔はとても近くて、その緑の瞳に自分が映っているのが分かった。

このやり取りはなんとなく照れ臭いけど、こうして彼女の目が見えるようになったことはとても嬉しいし、彼女が望むことはそうさせてあげたいから、じっと堪える。

彼女が自分にしているのと同じように、自分もその瞳を覗き込んだ。

閉じられていた瞳はこんなにも綺麗な色をしていたなんて。

愛らしくて無垢な彼女にぴったりな色だと思った。
何処までも澄んだ、きらりと光る新緑の色。


「わたしね、これからしたいこと、たくさんあるよ。
フィディオお兄ちゃんにサッカーを教えてもらいたいし、字のお勉強もしたい」

「おじさんに手紙を書くため?」

「そう!あと、じぶんで読めるようにもならなきゃ」

「楽しそうだね、ルシェ」


それからねー、と次々にしたいことを挙げていく彼女の髪を指ですく。
そうすると照れたように笑うから、俺もにこりとした。

彼女にとってこの世界は新鮮で、新しくて、すべてが輝いて見えるんだろう。



俺も、ルシェにしてあげたいことがたくさんあるんだ。

いつも待ち合わせをする公園で、今までみたいに笑い合いたい。
そして君の瞳そっくりな色をした芝が生い茂る道を一緒に走りたい。

いつも並んで手を繋ぎ歩いたあの街を、君はなんと思うだろう。
活気ある人々に溢れるたくさんの店。

その街並みも隅に咲く花の色も見上げた広い空の数えきれない沢山の表情も、君の目にはどう映るのか、俺に教えてくれたら嬉しい。

少し遠くにあるマルコおすすめのパスタ屋や最近オープンした新しいジェラートショップにも行こう。
食事は舌だけじゃなくて、視覚でも楽しめるものだって教えてあげたい。

君の行きたいところに、何処にだって行こうよ。
これからはその足と目で、自由に選んで好きなように進むことが出来るのだから。

オルフェウスのみんなにも、ちゃんと会わせたい。
あの試合以来、みんな君と俺のことを気にかけてくれていたから。
次の休みがきたら、会いに行こうか。
みんなでサッカーをしよう。

それから、ミスターカゲヤマのこと。

彼が心から憎み、愛したサッカーを、俺達はただ愛していけたら良いと思う。

あのひとが出来なかった、本当はしたかった分まで、残された俺たちが一緒に。

君が大きくなって、大人になって、いつか悲しい真実を知る時が来ても。

君の瞳だけは無垢なままいて欲しいと願うのは、もう幼い子供には戻れない者のエゴでしかないのかもしれないけど。

俺はそう願わずにはいられないんだよ。

だって君のその瞳は、あのひとが与えた宝物だから。
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