そんなところが好き | ナノ
もう誰も残っていない、しんとした教室で佇んで見た夕立後の空がやけに綺麗で、何故か急に夏未に会いたくなった。



理事長室で紙の束とにらめっこをしていた夏未は、俺がそこを訪れたことに心底驚いた顔をして、それから、まだ仕事中だから帰りたいなら先に帰ってくれて構わないと早口に言うと視線を紙に落とした。

そんな催促をしにきた訳じゃないから心外と思うが、仕方がないので口にはしない。
生徒会長であり、理事長の代理も務めることの多い彼女は本当に日々を忙しく過ごしている。
加えて最近はサッカー部のマネージャーまで始めた。
だからこうして前以上に遅くまで残って雑務をこなさなくてはいけないことになっているんだろう。

邪魔をしてはいけないと、言葉を発しない部屋にはペンを走らせる音と紙を捲る音だけが静かに響く。

そんなに多忙で大丈夫なのか。

下を向いているのを良いことに、なんとなくその顔をじっくりと見てしまう。

顔色は悪くないが、俯いた目元に疲れが滲んでいるのがわかった。
ちゃんと睡眠はとっているんだろうか。
この様子だと自宅に帰ってからも何かに追われてるんじゃないかと想像してしまう。
家がしっかりしているから食事はちゃんとしているのだろうけど。

夏未の背後にある大きな窓の外には、さっき教室で見たときよりは上の方が紫の少し濃くなった、けれど綺麗な赤みの強いオレンジ色が広がっている。
遠くの町並みには街頭や家々の光が灯り始めていた。

強い色合いと、それを背に黙々と紙に目を通し何事か書き込んでいる夏未をひとつの視界に納めてみると、なるほどふたつはよく似ているんだと気がついた。

濃い睫毛に縁取られた赤い瞳に赤茶の髪色とかの容姿もそうだが、それだけじゃなくて夏未の内面をもよく表した空だと思う。

同じ部の連中・・・特に後輩たちが夏未のことを厳しいだの怖いだのと溢すことがたまにあるが、聞くたびにそうだろうかと首を捻りたくなる。

厳しく聞こえる口調は皆の体調管理などを気にするあまり、つい強く言ってしまうんだろう。
テキパキと動き指示を出す仕草はもしかしたら高圧的に見えているのかもしれないが、それも彼女なりに皆に分かりやすく的確に伝えるためにと思ってなんだろう。

なかなか分かってもらいにくいようだが、こいつだって、他のマネージャーと変わらないくらいサッカー部や俺たち選手を思って動いてくれている。

後輩たちの話に反論することもできた、が、そこまで親切になる必要はないだろう。

今はまだ、それを知っているのは俺だけで良い。

毅然とした態度の裏に隠した優しさと、暗闇に包まれるまで帰り道を照らす夕焼け。
家路を急ぐ者に振り向かれて惜しまれることはないけど。
それはとても温かい。


だから夏未に会いたくなったんだと気がついて、思わずにやけたくなる口元をきつく結んだ。

窓辺に寄って、夕焼け空を背に腕を組んでそこにもたれかかる。

すると夏未は手を止めて、肩越しにこっちを振り返った。

「・・・帰らないの?」

怪訝な声で聞かれて眉尻を下げる。

だから、誰もそんなこと言ってないだろう。

「終わるまで待つ」

まぁ、余計なことは言わないでおく。
悟られないように抑えた声は少し素っ気なかったかもしれない。

「・・・そう、遅くなっても知らないわよ」

夏未はしばらく勘ぐるようにじっと見つめてきて、それから返ってきた返事はたぶん俺と似た、素っ気ない口調だった。

長い髪を揺らして前に向き直ると、またペンの音が鳴り始めた。

こういうところが、誤解されやすい原因か。

背後ならバレることはないから、今度は緩む口を隠す必要はない。

それでも俺はちゃんと分かってる。
お前がこうして頑張っていることも、不器用でただ素直になるのが下手なだけということも、俺は知っているから。

夕日を浴びる姿勢の良い背中はやっぱり優しく見えて。

それに気がついているのはまだ自分だけなのだと思うと、誰に対してということはないが、ただ漠然と優越感を感じた。
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