ギブアントテイク | ナノ
ああしまった!と慌てて目と開けた。
場所は放課後の図書館。
背の高い本棚がずらりと並ぶ、一番奥の壁際の席。
担任から頼まれた資料収集のために今日は泣く泣く部活を休んできたというのに、いつの間にか眠ってしまっていたらしい。
恐る恐る目の前のノートパソコンの画面を見ると、滑り出しは真面目に文章が書いてあるのに途中から意味の分からない文字列が並んでいる。
寝ながら打っていたのか、今まさにキーボードに乗っかっている肘が当たっていたのかは分からないけど、これはひどい。
(なんで寝ちゃったんだ・・・)
ああもう、とそのまま腕に顔を埋める。
すると隣から笑いを堪えるような声がしたから、眉をしかめて顔だけそちらに向けた。
いったい誰だと、少し警戒する。
「あ、え?」
驚いて、思わず声をあげてしまった。
何故か隣の席に、ここにいるはずのない我がチームのキャプテンが座っているんだから。
笑った人物は、威だった。
慌ててだらけきっていた体勢を起こした。
「威・・・?」
なんで、ここに。部活はどうしたんだ。
言いたい言葉はあるのに、寝起きなうえに混乱していてうまく口が回らない。
でも、威は理解してくれたんだろう。
優しく笑うと、ぐいぐいと頭を撫でてくれた。
ゴールキーパーらしい大きくて無骨で頼りがいのあるこの温かな手で撫でられると、途端に気持ちが落ち着くから不思議だ。
「部活なら終わったぞ。
まだここにいるんじゃないかと思ってな、様子を見にきたんだ」
「それなら、起こしてくれれば良かったのに」
ここからだと分からないけど部活が終わっている時間なら、もう外は相当暗いんだろう。
威だって部活後で疲れているはずなのに。どうして。
「悪かった、あんまり気持ち良さそうに眠っていたから」
そうして軽快に笑われると、なんだかこっちはばつが悪い。
威にこうして甘やかされるのは物凄く嬉しいと思う反面、これでいいのかとも思う。
今こうして知らずにとはいえ待たせてしまったことだけじゃない。
たまに優しすぎるんじゃないかってくらい、威は自分に良くしてくれている。
サッカー以外のこととなると、てんで弱気になる自分を学年が違うのにも関わらず、彼は何かと気にかけてくれていた。
どうも見た目が男らしくない自分はからかいの対象になることが多くて、その度に悔しい思いをしていた。
でも、いつだかその現場にたまたま鉢合わせた威が自分を助けてくれたことがあった。
なかなか迫力のある見た目で校内でも有名な彼は瞬く間にからかってきた奴等を追い返し、その後は絡まれることがなくなった。
試合の時に無茶なプレーをしがちな自分のことを心配して、試合後には過保護すぎるほどにアフターケアをしてくれる。
あとは、持ってきたお菓子の残りひとつをみんなには内緒だと言ってこっそり渡してくれたり。とか。
(甘やかされてばっかじゃないか)
そしてそれに甘んじている自分。
「・・・威は、そんなに優しくてどうするんだ」
自分でもびっくりするくらい可愛いげのない声が出てしまった。
威は目を丸くして、何事かと考えているようだけどすぐにまたいつもの優しい笑顔に変わる。
だから、そういうとこが甘いんだってば。
「改相手だと、なんだかな」
そうしてさっきよりも強い力でひとつ頭を撫でられて、心臓が大きく跳ねた。
改相手だと。自分だと、なんだって言うんだよ。
威にそう言われたことが嬉しくない筈がなくて、にやけそうになる顔を見られたくなくて、威の肩に顔を埋める。
なんだかんだ自分は、これからだってこの人の優しさに甘えてしまうんだろうなと思った。
でも、本人がそれを許してくれるなら、別に良いかなと、ずるいくらいに開き直って。
そんな自分が可笑しくて、こっそり笑った。