それまで待ってる | ナノ
限界を感じたことはあるか。

そう呟いた風丸の横顔は暗く、思い詰めていた。
こいつ、こんな顔をするんだな。

自分から呼び出したくせに、風丸はちっともこっちを見なければ、ほとんど言葉も発しなかった。
こっちからも何て言葉をかけたらいいのか、どんな話題をふれば良いかも分からないから、ただこいつが三歩先を歩いていくのに黙ってついていって、たどり着いたのがこの河川敷。
斜面に腰を下ろして、ただ時間が過ぎていくのをなんとなくやり過ごして、たまに風丸の横顔を盗み見ては苦手な空気だと思った。
腫れ物みたいな風丸に、それに触ることを怖がってる俺。
そんな状態でただ時間だけは過ぎていって、それからやっと喋ったのが、いまの一言。
相変わらず風丸の目線は先にある川を見てるんだか見てないんだかは分からないけど、とりあえず喋ってくれたことに少しほっとした。

初対面はフットボールフロンティアでぶつかった時で、それから直接会ったのは今日が初めてだ。
こうして稲妻町に遊びに来るのも、この河川敷で風丸とふたりで話をするのも。
初めて会ったときは保護者みたいな口調とか見た目のわりに男らしい言動とか、涼しい顔付きのくせに意外と中身は熱い奴で、おもしろい男だと思ったことを思い返す。
それから俺のなかでのこいつのイメージってそういうのだったのに。

あの試合以来メールでやり取りする間柄になったこいつがある日ぱったりメールを寄越さなくなって、それからすっごく久しぶりに俺に連絡をしてきたのは、いわゆるエイリア事件が終息して暫く経った時で。

全国中継されたあの最後の試合が行われた日はチームの奴らとラーメンを食べに行ってた。
店の片隅のテレビに妙な格好をしたこいつらが映ったときに口に入れかけたラーメンを盛大に噴き出して風魔に嫌な顔をされたっけ。

あのテレビ中継は今でもたまに思い出しては難儀な気持ちになる。
あそこに映っていたのは、知っているのに知らないひとみたいだった。

でも確かに風丸本人だったんだなっていうのが、横にいるこいつを見ていたら妙に実感してしまった。
雰囲気が、変わった。
なにがって言われると言葉にはしづらいけど、とにかく違う。
なにか、悟ってしまったような、怖がってるような。
お前、そんな奴じゃなかっただろ、なんて言えない今のこの空気がもどかしい。

あれは本人も思い出したくないことだろうから、触れはしないけど、それが余計に気をつかう。
俺から話題をふれないのは、だからだ。そういう気遣いが苦手なのは自覚してるから、風丸がアクションを起こすまでは大人しくしていようと決めていた。

「・・・ある」

だから、そんな奴から投げられたことには、せめて素直に答えようと思った。
俺が呼ばれた訳がなんなのか、風丸が何を探してるのか、知りたい。

「お前に負けたときだ」

俺の言葉に反応した風丸はやっとこっちを向いた。
目を見開いて、なんでって顔をして。
赤い目が動揺でゆらいでるのが分かった。

「俺は、スピードなら誰にも負けない自信があった。
少なくともお前に会うまで誰にも負けたことがなかったから、お前の活躍は俺にとって脅威だった」

だって最初は目にもかけてなかった、名前すら覚える気がなかったお前にだぞと笑えば、風丸は気まずそうに顔をそらしてまた少し俯く。

お前、そんな、下ばっかり見てる奴じゃないだろ。

そう言いたいのを堪えて、違う言葉をなんとか選ぶ。

「お前たちに負けたあと、しばらく立ち直れなかった。俺だけじゃない、皆それぞれたくさん傷ついたんだ。
チームは敗退して先にはもう行けなくて、俺個人の自信も無くなって、もう終わったんだって思った」

試合に負けることは別に初めてじゃない。
負けることも大切な経験っていうのも分かってる。
それでも、あの試合は堪えた。
年に一度のフットボールフロンティアだぞ。
皆の夢だったんだ。
もっと上に行きたかったんだ。行けると思ってたんだ。
お前たちと同じように、俺たちだって日本一になりたかったんだ、当然だろ。

「来年は三年だし、夏には完全に引退しなきゃいけない。卒業後のことだってあるからな。
それに下の奴は延びてきてるし、次にスタメンになれるかも分からない。
いっそキリの良いところでやめたほうが楽になれるとも思った」

あのまま引退する道もあったんだよな。

空を見上げる。
風丸と駅で再会したときは青かったそこは、ぼんやりとオレンジを含み始めていた。

「でも、それでも・・・」

言葉をきる。
もう一度風丸のほうを向いてみると、こっちを見ていたのか、しっかりと目が合った。
今度は揺らいでないな。
お前には、そういう真っ直ぐな目のほうが似合ってるぞ。

しばらくそのまま見つめ合う。
風丸は、俺が続きを言うのを待ってるんだろう。
口の端をにっと持ち上げた。

「・・・ここから先は、ナイショだ」

俺がそう言ってにやりと笑うと、風丸は拍子抜けしたように口をぽかんと開けた。
今日一番のアホ面に声を出して笑ってしまった。

「ナイショってなんだよ・・・」

呆れた口調で責められたけど、気にしない。

「ナイショはナイショだ」

誤魔化すように笑って、勢いよく立ち上がった。

「でも俺は、それでもサッカーを続けてるから」

そういうことだと風丸の背中を叩けば、やっぱり納得のいかない表情で、でも、しょうがないなぁっていうふうに苦笑いをしてくれたから嬉しくなる。

そうそう、お前のそういう顔が見たかったんだ。
お前らしくなってきたじゃないか。

どうしたって夢中になったものからは目を背けられなかった。
もうダメかもしれないと思っても相変わらずボールを追いかける日々を過ごしてる。
俺は、自分でそれを選んだ。

越えられない壁にぶつかって、限界かもしれないと感じて、逃げ出したくて、それでも、あんな形ではあっても、お前はサッカーを選んだんだろ?

選んだ方法は間違いだったかもしれないけど、たぶん気持ちは、俺もお前も同じだったはずだ。

まだやれる、強くなれる、なりたい。

ほんとはお前、気づきかけてるんじゃないか。

限界を感じても、越える方法は自分の中にあるってこと。

(だったら、今度は間違えるなよ)

それは俺が言っても意味がないから、言ってやらないけど。
早く自分で気がついてやれ。
お前なら、大丈夫だからさ。

風丸に向けて、右手を差し出す。
戸惑うそぶりを見せた後に、だけど、しっかりと掴んできた。
それに合わせて思いきり引っ張れば、風丸は勢いよく立ち上がる。

そのままなんとなく離し損ねた繋がる手と手は、男同士だって考えるとバカらしくて可笑しいけど、いまはこうしていたかったから俺は風丸の手を強く握る。
風丸も、離そうとはしなかった。

「・・・また」

「え?」

「また、試合やろうぜ。雷門と伊賀島でさ」

風丸からそう言ってきたことに驚いて、俺は何度も強く頷いた。
そんな俺を見る風丸はやんわりと眉尻を下げて笑う。
その笑顔にはまだまだ力が足りないけど、いまはそれで良い。

お前が立ち直るには時間がかかるだろうけどさ。
お前が今感じてる後悔も、引きずっている思いも、全部、許してやれる日が来るといいな。
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