一緒にいようね | ナノ
※おじさん生存設定+高校生ルシェ
ものすごい捏造注意

カーテンを勢いよく開け放った窓からは、強い日差しがめいいっぱい入り込んできた。

あまりの眩しさに思わず目を細める。
それから、太陽の日差しをめいいっぱい吸い込むようにひとつ伸びをした。
まだ少し寝惚けていた頭の中がすっきりして気持ちいい。

光に慣れた視界に入る庭のチューリップたちは少し花弁が開き過ぎてきた。
そろそろこの花の見頃の時期も終わりが近いみたい。
それに寂しさを感じて、枯れてしまう前に切り花にしてリビングのテーブルへ飾ろうかなんて考えていると、後ろでドアの開く音がした。
それからタイヤの擦れる音も一緒にしたから、振り返る。

「・・・ここにいたのか、ルシェ」

そこにはドアノブに手をかけて車椅子に座ったおじさんがいて、わたしは無意識に笑顔になった。

「おはよう、おじさん」

挨拶をしながら彼に近付く。おじさんはわたしを見上げて、目を合わせてくれた。
それが嬉しくて一際大きくニッコリとすると、サングラスに隠された厳格な表情がほんのちょっぴり和らいだ。

「ああ、おはよう」

後ろに回って、車椅子を押す。
そのまま一緒に窓際へ向かった。



わたしが高校生になったばかりの頃、唐突に、本当に唐突に、おじさんはふらりとわたしのもとに帰ってきた。

その頃にはもう、おじさんが遠くに行ってしまった本当の意味に気が付いていたから、想像もしなかった再会に最初はただただ呆然としてしまった。

でも忘れない。

一言、息の詰まったような掠れた声でルシェと呼ばれた。

目の見えなかったわたしだから、他の人よりも敏感だった耳が彼の声を覚えてる。

目が見えたときの初めてのドキドキとした興奮のなかで捉えた彼の姿を覚えてる。

色濃く心に、脳に、思い出に、染み付いていたから、わたしがおじさんを間違えるはずなんてなかった。

考えるより先に身体が動いてしまって、無我夢中で抱きついて、それからたくさん泣いた。
遠くへ行ってしまった意味が分からなくて、後からその意味を知っても経ちすぎた時間はわたしに泣かせてはくれなかった。
あのとき泣くことが出来なかった悲しみも、奇跡のような再会の喜びもぐちゃぐちゃに混ざって涙になって溶けて、身体中の水分がカラカラに無くなってしまうほどにわんわんと声をあげて泣いた。
あんなに泣くことはこれからさき無いんじゃないのかなってくらい。
なだめるように遠慮がちにわたしの背中を擦ってくれたごつごつとした手は、今までわたしを撫でてくれた誰よりも不器用で、でも誰よりも優しかったから、一際大きく泣き叫んだ。
おじさんの、泣き止んでくれと困った調子で紡がれた低くて凄みのある声も、涙で霞んだ視界に映る細面でちょっとだけ怖い顔付きも、わたしを包み込んだ背が高くて威厳のある風格も、小さい頃に感じた印象とこれっぽっちも変わっていなかった。
たった少ししかない彼と会った記憶の全部が、それらを懐かしく感じた。

ただ、昔より少し痩せたような気がしたことと、それから彼は足が不自由になっていたこと。
足は、あの日の事故の後遺症らしい。
痛ましいと思いながら、でも、生きててくれたことを思えばとも、複雑な気持ちになった。

一連の事件が解決して、世の中のほとぼりが冷めるまで匿われていたと言う。

プロになって世界で活躍しているフィディオお兄ちゃんと、日本のキドウさんたちにも、おじさんから連絡をしたんだろう、忙しいはずなのにすぐイタリアまで会いに来た。

フィディオお兄ちゃんはもう良い大人なのにわたしと変わらない勢いで抱き付いて大泣きしてて、キドウさんは呆れたようにお兄ちゃんをなだめていた。
でも、そんな彼も特徴的なゴーグルの中でこっそりと、静かに涙を流していたことに、わたしは気がついてしまってドキリとしたけど。
おじさんは彼がまだゴーグルを付けていることに泣きそうな顔で笑っていた。
嬉しかったんだと思う。

それからみんなで食事をして…この移動のときなんかに、二人がおじさんの車椅子をどちらが押すかで少し揉めてて、おじさんが呆れてわたしは二人の子供っぽいやりとりに笑ってしまった。
食事が終わると今度はキドウさんが宿泊していたホテルに行って、三人はお酒を呑みながら空白の間のことやこれからのことについて話していた。
もう遅い時間だったからわたしは先に眠ってしまって、彼らがどんな話をしていたのかは分からなかった。

ただ微睡む意識のなかで、三人の声をぼんやり聞いていた。
言葉は拾えないけど、楽しげな三人の声に心底安心した。

こんなふうに、ずっと待ち望まれていたのね、彼は。

それはすごく幸せな空間だった。

それから、わたしには分からない大人の事情や権力や、その他諸々のおかげで、わたしとおじさんは一緒に暮らすことになった。
親のいないわたしにとって、それは願ってもみないことで。
彼は今、わたしの親代わりになってくれている。

あまりに急速に、今までの空白の時間を埋めるにしても速すぎる勢いでわたしを取り巻いていたあらゆる環境が180度変わったことには、まだ上手く馴染みきれなくておっかなびっくりしながら生活している。



窓からゆっくりと、車椅子に座るおじさんに振動が掛からないように気を付けながら段差を越えて、庭に出た。

さっき見ていたチューリップの前まで行って、おじさんに寄り添うようにしゃがみこんだ。

「あのね、そろそろ切って飾ろうかなって考えてたの」

どう思う?と聞いてみる。

「ルシェのしたいようにしなさい」

私には花のことは分からないから。

そう言うけど、この庭を用意したのは、おじさんだ。
花のことは確かに詳しくはないのかもしれないけど、綺麗なものが好きというのは一緒に生活していてなんとなく分かってきた。
黒いサングラスの奥の目が花を見つめるときに穏やかになることを知っているから、わたしはつい笑ってしまう。
そんなわたしを見ておじさんは決まり悪そうに押し黙ってしまうから、余計におかしい。

「じゃあ、学校から帰ったらそうするね」

「・・・ああ」

「今日はお昼には帰ってくるよ、一緒にお昼ご飯食べていい?」

「ああ、待っていよう」

「ありがとう、ねぇ、なに食べよっか?」

家族の在り方というのがわたしにはよく分からないから、おじさんとの関わり方は手探り。
おじさんも教えてくれないから家族ってこんなふうに話すのかな、とか、どんなことするのかなって想像して、ひとつひとつ試している。

この家でまだ住み始めたばっかりの頃に一緒に寝ようと思っておじさんのベッドに入ったら怒られてしまったことがあったっけ。
年頃の女の子が何を考えているんだと言われて、しょんぼりしたのは良い思い出。

でも、こうやって寄り添うことは許してくれたし、頭だって時々だけど撫でてくれる。
お休みなさいのキスも、渋々だけど、付き合ってくれてる。

家族って難しいけど、楽しい。

(それから、ねぇ)

そんな日々がこれからずっと続いていくんだと思うと、幸せ過ぎるんじゃないかってふと心配になる夜もあるけど。

これは夢じゃない。

おじさんは確かにここにいて、わたしもここにいる。
今日も明日も明後日も。
それから、ずっと先も、一緒にいたい。

口に出すには少し照れ臭いのと、わたしの独り善がりに過ぎないかもしれない願い事を想い描いて彼の膝に頭をもたれさせれば、やんわりと置かれた手が心地よくて、そこから生まれる体温が生きていることをありありと実感させてくれる。

このままこの手をつたって、この気持ちがおじさんに伝わってしまえば良いと思った。
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