彼と彼女 | ナノ
「あれ、豪炎寺」
部室の戸締まりに来た半田が戸を開けると、椅子に座って机に肘をつく豪炎寺と目があった。
今日は半田が部室の鍵当番だ。
クラスの日直の仕事も重なり、それを済ませた後ならさすがにもう誰も部室には残ってないだろうと思っていたから、その人物の存在に少し驚いた。
「まだ残ってたのか」
鍵のついたキーホルダーをくるくる回しながら近付くと、豪炎寺が少し眉を下げたのが分かった。
「ああ、ひとを待ってた。
もう閉めるか?」
邪魔なら出ていくが、と腰を浮かせる彼を半田は慌てて制止した。
「や、大丈夫だって。
そいつにここで待ってるって約束してるんだろ?
なら移動しないほうがよくないか?」
な、気にすんなよと肩を叩く。
実際、半田もあとは家に帰るだけで幸運なことに今日は宿題も出ていない。
どうせ暇だから一緒に待つと豪炎寺に笑ってみせた。
「それにひとりで待つのって暇じゃない?」
そう同意を求めてみる。
豪炎寺はどうしようかと僅かに悩んだようだが、納得したのかまた椅子に座り直した。
「すまない」
「良いって、それより今日のシュートも相変わらず凄かったじゃん」
机をはさんで向かいの椅子を引き、半田は嬉々とした声を出す。
今日の部活中に行ったミニゲームの話題に豪炎寺も乗った。
そうして雑談を交わしてしばらくたった頃。
戸に手の掛かる音がして、ふたりは自然とそちらを向いた。
「おー、来たみたいじゃん」
遅いぞ円堂・・・と半田は言いかけて、口をパクパクとさせた。
部室に入ってきたのは、半田がたった今名前を呼び掛けた相手の姿ではなく。
スクールバッグを手に持った雷門夏未だった。
赤茶の綺麗に手入れされたロングウェーブの髪が夕日の逆光を浴びて、つやりと赤く光った。
急いで来たのか、少し呼吸が乱れていて、心なしか申し訳なさそうな表情で。
なんとなく半田はそれらに、彼女が普段纏っている空気とは違う印象を受けた。
度々自分達に厳しい口調で接してくる、凛々しくて、少し取っつきにくさのある感じとは別の何か。
「あら、半田くん?」
なぜあなたまでいるの、と言ったふうに雷門は豪炎寺と半田を交互に見て首を僅かに傾げた。
その表情は既にいつもの雷門と変わらなくて、あれ、と半田は思う。
しかしそれよりも気になったのは、この様子だとどうやら豪炎寺が待っていたのは雷門のことだったらしいということだ。
「え、雷門?」
半田はやっと言葉を発することが出来た。
「豪炎寺が待ってたのって、雷門のこと?」
その問いに豪炎寺が至極当然と言った顔で頷くものだから、余計に混乱する。
「俺、てっきり円堂のこと待ってるんだと・・・」
なんとなく、豪炎寺がわざわざ遅くまで待つ相手なんて我がチームのキャプテンくらいだろうと思っていた。
早とちりとは言え、予想に反した相手の登場に驚きが隠せない。
だっていまここにいるのは、ついこの間までサッカー部を廃部だのなんだのと騒いで、最近になってマネージャーのひとりとなった女の子だ。
いったいこのふたりに接点なんてあっただろうかと頭を捻ってしまう。
「・・・わたしだったら何か問題でもあって?」
雷門にぎろりと睨まれて、半田はいやあと慌てて首を横に振った。
そんなつもりはないと全力でリアクションをとる。
「鍵当番が半田で、俺が待っているのを付き合ってくれたんだ」
それまで黙ってふたりのやりとりを見ていた豪炎寺が助け船を出してくれたことに半田は胸を撫で下ろす。
なんだ、やっぱり雷門はいつもの雷門だと胸中でぼやきながら。
「ああ、そうだったの」
それは悪いことをしたわ、待たせてしまってごめんなさい、と雷門がふたりに言うと豪炎寺は立ち上がってスポーツバッグを肩にかけた。
「付き合わせて悪かったな」
「あ、いや、全然」
「また明日」
「あ、ああ!また明日!」
僅かに笑って出ていく豪炎寺に続いて、雷門も部室を後にした。
「鍵閉め、お疲れ様」
その声と共に閉じられた戸を、半田はぼうっと見つめる。
なんで雷門と豪炎寺が一緒に帰るんだろうとか、でもクールな印象が強いふたりが並んでたのはなんというかお似合いなような気がするとか、でも部活中もあまり話さないふたりが一緒に帰る理由ってなんだろうとか、あの雷門が慌てて走ることなんかあるんだなぁとか。
独り取り残された半田はそんなことをぐるぐると考えて。
「・・・つーか雷門って、車で通学してなかったっけ」
誰も聞いちゃいないことを分かっていても、そう口に出さずにはいられなかった。