相合傘 | ナノ
「あ・・・」
昇降口を出ようとして、ぱたりと立ち止まる。
ぱらぱらと粒が降っているのが目に止まって、そうっと手を伸ばした。
冷たい雫が手に落ちていく。
教室にいたときは、雨なんて降っていなかったのに。
今朝の天気予報でも雨が降りますなんてアナウンサーのお姉さんは言っていなかったから、傘を持ってきていない。
どうしよう。
通り雨かな、それなら待ってれば止むかな。
それとも強く降る前に走ったほうが、良いんだろうか。
引っ込みのつかない濡れた手を伸ばしたままそうこう考えていたら、雨足が強くなってきた気がする。
待っていたほうが、良いかもしれない。
「冬花さん?」
「あ、」
名前を呼ばれて振り返ると、秋さんがにこりとした。
「今帰り?」
「はい、でも雨が・・・」
「急に降ってきたよね」
あー強くなってきた、と漏らしながら秋さんは隣に並んだ。
それからわたしと同じように手を伸ばして雨に触れる。
わたしと同じ動作をしたことが、なんだかきゅんとして、くすぐったい。
「冬花さん、傘はある?」
「いえ、降ると思わなかったから持ってきてなくて。
止むまで待とうかなって思ってたんです」
「それなら、良かったから一緒に帰らない?」
秋さんはそう言いながら、スクールバッグから折り畳み傘を取り出してみせてくれた。
ペールグリーンの折り畳み傘は、どんよりと雲のあつい灰色の空と対照的にとても晴れやかで優しくて、秋さんらしい傘だと思った。
あれからまた強くなった雨足は、ボツボツと強い音を立てて傘に地面に跳ねて当たる。
「ごめんね、小さい傘で。
肩濡れてない?」
秋さんは頻りにわたしの心配をしてくれるけど、逆にわたしは秋さんが心配になる。
濡れないように気を使って、少しこっちに多めに傾けがちにしてくれているのが分かるから。
そんなことしたら、秋さんが濡れてしまうのに、と申し訳なくなる。
でもその反面、秋さんのその優しさが嬉しくてたまらない。
雷門イレブンにも、マネージャーのみんなにも、クラスのみんなにも等しく注がれる彼女の優しさが、今はわたしだけに向けられていることがひどく贅沢なことだと思えて胸がいっぱいになる。
でも、やっぱり秋さんが濡れてしまって、風邪を引いてしまったらいやだから。
「秋さん、傘、わたし持ちますよ」
ね?と言って秋さんの手に手を重ねて、傘を受け取ろうとした。
でも秋さんは手を離してくれない。
「そんな、気にしなくていいよ」
「でも、秋さん大変でしょ?」
「大丈夫だよ」
「濡れちゃいますよ、わたし、いれてもらってるのに」
「そんな、わたしが一緒に帰りたくて誘っただけだから・・・」
「わたしだって、一緒に帰れて嬉しいのに・・・」
傘がふたつの手にゆられてゆれる。
こんなことをしてたら雨は防げるはずがないから肩やスカートに水が吸い込むけど、お互い気にせずにぐいぐいと傘の取り合いっこをする。
そんなじゃれるような押し問答を続けて、目と目がバチリと合って。
なんだかおかしくて、笑いだしてしまったら、同じタイミングで秋さんも吹き出した。
「わたしたち、なにしてるんだろうね」
「ほんとですね」
結局そのままふたりで傘を持った。
雨はやっぱり強くなる一方で、あたりの空気はひやりと冷えているけど、重なっている手と手はじんわり温かくてとても落ち着く。
濡れないように、自然とお互いの、肩もくっついた。
「明日には晴れてると良いね。
グラウンド使えないと、部活が出来ないから」
わたしは秋さんの言葉に頷きながら、でも、こんなに幸せな気持ちになれるなら、雨が降るのも悪くないなってこっそり思った。