変わらないよ | ナノ
※大学生

フローリングに二人並んでごろりと仰向けに寝転ぶ、日曜の午後。
やることもなく、ごろごろ。
両手足を投げ出してたまに思い出したように言葉を交わす。

カーテンもガラスも開け放った窓から差し込む日差しと風は暖かくて心地いい。

そうしてるうちになんだか口寂しくなって、パーカーのポケットからしわくちゃな煙草を取り出した。
そこからひとつ抜き取り、くわえて火を着ける。
ふう、とひとつ煙を吐き出すと、隣の不動が顔をしかめたのが気配で分かった。

「外で吸えよ」

「めんどう」

臭いつくだろ、とやる気のない声で小言を言われた。
本気で咎めていないのは分かっているから、小さく笑う。
そんなわたしに向けて、不動は灰皿を滑らせた。

不動は煙草を吸わない。
サッカーをしているうちは、身体を大事にしたいんだろうっていうのは察しがつく。
本人はそれを言ったことはないけど、見ていれば分かる。
なかなか規則正しい早寝早起き。
たまに作ってくれる料理は和食に片寄りがち。
どうやら走り込みなんかも習慣にしているみたい。
玄関に乱暴に投げ出されているボロいスニーカーが、それを物語っている。

(大概こいつもサッカーバカ)

こっそり思いながら、またひとつ煙を吐き出した。

わたしだってまだサッカーは続けている。
正確にはフットサルだけど。
大学で知り合った女の子達と作ったチームはなかなか面白い。
同級生はそれなりに出来る子達だし、いまは後輩も出来て、楽しくゆるくやっている。
昔のような勢いや激しさはそこには無いけど、今はこのくらいが丁度良いのかもしれないと思いながら。

「そういや、佐久間たちは元気だった?」

昨日でしょ、会ったのと聞く。
最近になって、帝国OBで集まって練習試合やらやっているらしいことをなんとなくは聞いていた。

「あー、相変わらず。昨日は珍しく鬼道くんも来たし、面白かったぜ」

佐久間が鬼道くんべったりで、と不動は喉の奥で笑うと、昨日のことを楽しげに話始めた。

新しい技の開発、新しい戦略、誰がシュートを決めたとか、誰が調子悪かったなとか。

不動の弾む声を聞いていて、こいつらは変わらないんだな、ってぼんやり思った。
あの頃と同じ気持ち・・・かどうかまでは分からないけど、でも同じ仲間と未だにつるんで楽しくやっていて。
皆でサッカーを続けているんだと思ったら、何故か胸がもやっとした。

いつからあの輪に溶けくみにくく感じるようになったんだっけ。
一緒に走って、ボールを追いかけて。
楽しかったはずなのに。
いつまでもそうしているはずだったのに。
どこで、何が、変わったんだろう。



「・・・お前さ、」

「あ?」

ぐるぐると考えていたら、不動の声音が変わったのでそっちに首を向けると目があった。
その目が意外なものを見たかのように見開かれているから不思議に思う。

「どうしたの、その顔」

「いや、それ俺の台詞だから」

「は?」

意味が分からなくて眉根に力が入る。
不動がわたしを見る顔は怪訝だ。

「だから、お前、なんて顔してんだよ。
さっき、すげえ泣きそうな顔してたぜ」

そう言われて、驚いて口をつぐんだ。
思っていたことが表情に思いきり出ていて、しかもそれが 泣きそうな顔だなんていうのが、情けなく感じて動揺した。

「別に、なんとも無いけど・・・」

目を合わせるのが辛くなって、天井に視線を戻す。
気持ちを落ち着かせたくて、煙を一際多く肺に吸い込んだ。
隣から視線を感じて気まずいものの、不動はふーんと言うと、それ以上は触れてこなかったからわたしは胸を撫で下ろした。

「・・・さっきの続きだけどよ」

不動がまた話始めた。

「佐久間とか源田とか、お前は来ないのかって」

「は?わたし?」

意外な言葉に、思わず聞き返してしまった。

「ああ。昔はよく混ざってたくせになんで来ないんだって。
いつも会うたびうっせーんだよアイツら」

至極面倒そうな声で不動は続ける。

「お前だって、まだ出来んだろ?
鬼道くんもお前の技は動きがキレイだったから、是非また見たいもんだって言ってたぜ。
そういうわけだから、次はお前も来いよ。再来週にはまたやるし、土曜空けとけ」

はい決まりなーなんてやる気のない調子に、わたしは慌てて言い返す。
いきなり、なんなんだ。

「や、土曜はわたし、大学のほうの」

練習あるし、と言い終わる前に不動に煙草を持つ手を捕まれた。
いつの間に起き上がったんだろう、顔が近い。
わたしに覆い被さる体勢で、不動は挑発するような視線を投げ掛けてきた。

「フットサルも良いけどよ」

久しぶりに、その目を見た。
思わず魅せられる。

「あんまりぬるいとこに居んじゃねーぞ」

ニヤリと笑われて、腹の奥がぞくりとした。

それから目が覚めるような感覚が身体を駆け巡る。

その挑発的な目に指示されて、フィールドを駆け抜けて技を決めた。
パスが通ったときの気持ちよさ、ゴールを決め込む爽快感。
ぎりぎりでブロックが決まって、そこから駆け上がる時の高揚感。
競り合う足と足の感触に、芝の香り。

思い出した。
わたしが、距離を離した訳。

女の自分が、いつまで皆といて良いのか、いつからか分からなくなってた。
身体が女らしくなっていって、男子達との体格さがどんどん明確になっていって。
いつか邪魔だと思われそうで。
かといって女だからと遠慮されるのも嫌で。
いつまでも中学生のままではいられないんだと焦って、そう思われる前に自分から距離を置いていった。
それを選んだことが虚しくて、忘れようとして、女の子達と楽しくやっていこうと思った。
まじで熱くなってサッカーしなくても、良いと思えるように。



いらない心配だったのかもしれない。

一気にバカらしく思えてくる。
あんなに悩んだのになぁなんて。
アイツらは、わたしを覚えててくれた。
またわたしとサッカーをしたいと思っててくれた。
そしてそこには多分、不動の気持ちも含まれてるような気がしてむず痒い。

「そこまで言うならしょうがないから、行ってあげる」

ぐっと不動を見返して、はっきりと答えた。

それからわたしも、不動と一緒に走り込みしようかと思い付いて。
なんだ、わたしもサッカーバカかもって思った。

満足そうに弧を描く不動の口にキスをしたら、煙草臭いと嫌がられたのでお腹に一発蹴りをいれる。
うずくまって痛がる姿を散々笑いながら、早くサッカーがやりたくてたまらなくなった。
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