苦労は絶えないけどね | ナノ
※成人、吹染表現あり

ちょっと聞いてよ風丸くん!!

そう言うなり上がり込んできた吹雪の登場に、風丸は嫌な予感しかしなかった。
インターフォンを介して人物確認をすれば良かったと激しく後悔したが、時すでに遅し。

先客であった佐久間が「おう吹雪!」と喜んで迎え、吹雪も「佐久間くん!」と走り寄って何故か熱い抱擁を交わしていた。
激しくうざい余所でやれ、と風丸はこっそり思う。

「お前らあんまり騒ぐな、また隣の人に怒られるだろ」

風丸は極力声のトーンを落として注意を促した。壁の薄い安アパートだ。あまり騒ぐと近所迷惑になる。

「あ、ふたりとも呑んでたの?」

卓上を見て吹雪が尋ねた。
ビールにチューハイ、ハイボール…あらゆる種類の缶が乱雑に置かれていて既に半分は口が開いている。

「ああ、それは佐久間が持ってきた」

「で、風丸に付き合って貰ってた」

「俺は明日も仕事あるから、ほとんど呑んでないけど」

「ごくろうだよな。俺は休み」

飲みかけの缶を揺らして、にっと佐久間が笑う。
気持ちよく酔っているようだ。

「そういうお前も酒臭いな」

風丸が吹雪に聞く。
彼が入って来たときにこの部屋に漂う空気とは違う酒の臭いがした。
かすかに煙草の臭いも混ざっている。
ここにいる三人は誰も吸わないはずだ。

「ちょっと居酒屋でね、呑んでたんだけど」

抜けてきちゃった、と涼しい顔をして吹雪は微笑んだ。
いつも通りの白い肌を見て、酔うほど呑んではいないのだろう。
風丸は少しホッとした。

「そうか。会社の飲み会か?」

ああゆうのちょっと面倒だもんなと苦笑いすると、ううんと吹雪は首を横にふる。

「染岡くんとふたりで。でも喧嘩になったので飛び出してきました!」

「おいいい!」

「だって染岡くんひどいんだよ!僕たちはね、中学生からの長い付き合いをしているのに…未だにキス止まりの関係でいることが相当頭に来てるんです!
そのことについて怒ったんです!でも染岡くんは顔真っ赤にして俯いてまともに喋ってくれないし!
いい加減恥じらいなんて捨てるべきだ、おかしい、良い歳なのにエッチもまだなんて意味がわからない。
僕はいつになったら染岡くんの処女をいただけるのか誰か教えてほしい。
いい加減そこいらの適当な女の子を相手にして性欲処理するのも面倒なんだよ!!」

「そんなこと俺は聞きたくない!聞きたくない!」

前言撤回、ひどい酔っ払いだ。

親い友人の顔を思い浮かべる。
中学時代からの仲間。
きっと、居酒屋で一方的に染岡に捲し立て責めたであろうことが容易に想像出来た。
その上独り、居酒屋に置いてきぼりである。風丸は染岡に同情した。
ついでに、吹雪に良いように扱われてるだろう沢山の女の子たちにも、少し。

「吹雪は情熱的だなぁ」とビールを煽りつつ、佐久間は呑気に言う。
検討違いも良いところだ。

「吹雪、とにかく染岡のところに戻れ…あいつ多分すごい困ってると思うぞ」

「やだよ!なんで僕が!」

ちくしょうめんどくさい。
なんとなく、こうなる気がしていたから入れたくなかったのだと風丸は心の中で愚痴る。

騒ぐし呑むし、場合によっては泣くし吐くし、そのまま潰れるし。
次の日になると晴れやかな顔をして何事もなかったかのように彼らは帰っていく。片付けなんてもちろん、ほとんどしてもらった記憶がない。

過去に何度も酔っぱらった友人たちに迷惑をかけられている風丸は頭を抱えた。
なぜこの部屋にはひとが集まってしまうんだろう。
なんやかんやいつも断れきれずに受け入れてしまう自分にも責任があるのは重々承知していても、別に俺の家じゃなくても、という考えは無くならない。

(大体なんで俺なんだ、こいつら他にも仲が良い奴たくさんいるだろ)

かつてのサッカー部の仲間や、他中のライバルだった者達をぼんやり頭に思い描いた。
そういうば俺達って友達多よな、なんて呑気に思ったとき、部屋に音が鳴り響いた。
流行りの曲の一節は風丸のケータイの着メロだ。

慌ててスウェットの尻ポケットに手を伸ばして、通話ボタンを押す。
耳に当てれば『あ、風丸ー?』と、これまたよく知る友人の声が聞こえて来た。

「緑川!」

『そ、ねぇいま暇?そっち行ってもいい?』

良い日本酒を瞳子姉さんに貰ったから呑もうよーと言う明るい声に反して、風丸の気持ちはずんと沈んだ。
申し訳ないが、佐久間は良いとしても今は吹雪をなんとかしなければいけない。

「…今は来ないほうがいいぞ」

『えー、だめ?そんなこと言われても…』

『困るなぁ』

緑川の声が遠退くと同時に、違う声に変わった。

「ヒロト?ヒロトも一緒なのか?」

悪いけど、と言おうとしたところで



―――ピンポーン



チャイムが再び鳴った。
風丸は胃の奥がひやりとする。

ケータイを耳に当てたまま、恐る恐るインターフォンの受話器を手に取り空いている方の耳にあてた。

『もう来ちゃってるんだよね、俺達』

両耳から同じ言葉を聞き、目眩がした。

『そんなわけだから、入れて?』

風丸の一連の言動を見ていた佐久間が、緑川とヒロトも来たのか!と叫ぶと、うきうきと元気よく玄関に向かう姿を見送ることしか、風丸には出来なかった。
吹雪はいつの間にか缶チューハイを手に、クッションに抱きつきながら床をゴロゴロして染岡くううううんと泣いている。

それ、俺のお気に入りのクッションなのに、とは言い出せず。
玄関先がガヤガヤと騒がしくなるのを聞きながら、風丸は再び頭を抱えた。
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