サヨナラ世界 | ナノ
※フィディオとKとルシェ
心地良い、ひかりに包まれる感覚が身体中に広がる。
目を覚ますと、眩しかった。
白い部屋、白いカーテン、白いかけ布団に窓から射し込む柔らかな日射し。
ここはどこだ、とうまく働かない頭で考える。
知らない部屋だ。
ぱたぱたと、小さな足音が聞こえて扉の方へ目をやる。
幼い子のものであろうそれには、聞き覚えがあった。
「お兄ちゃん、おきた?」
ガチャリと扉をあけて覗き込んできたのは想像通り、ルシェだった。白いワンピースに白い靴。日射しを受ける金はやわらかい。
「ルシェ…?ここは…?」
「やだ、お兄ちゃんたら寝ぼけてるの?」
わたしたちのお家じゃない、とルシェはころころと笑った。
俺たち結婚したっけ、と考えるがそんな覚えはない。
俺もルシェもまだ子供じゃないか。
ぼう、としているといい加減起きてとルシェが急かす。
「おじさん、朝ごはんもうすぐ出来るって言ってるよ」
「おじさん――?」
「うん、まだ起きないのかって、呆れてる」
「いや、あの、おじさんて」
「わたし、さきに行ってるからね」
ルシェは顔を引っ込めて、またぱたぱたと音を立てながら走って行ってしまった。
俺は 言われたことを理解できないまま、しかしベッドから身体を起こした。
おじさん、とルシェが言う人物を、俺はひとりしか思い浮かべられない。
しかしその人には、もう二度と会えないじゃないか。
そんなまさかと思いながら、けど胸がざわりとして扉へ向かう。
よく見たら自分も全身真っ白だった。
廊下は一本道で、ひたすらまっすぐ進む。
他に扉はないので寄り道もせずに前進を続けた。
終わりの見えない道の向こうから、ようやく笑い声が聞こえてきた。
ルシェのものだ。
歩く足が早まり、次第に加速していく。
次はルシェの声に紛れて、低い音も聞き取れた。
すっと胸に馴染むそれを、俺はよく知っている。
早足が駆け足になった。
嘘だろ、 まさか。
心臓がどっどっと早く脈打つ。緊張で口内が渇く。
廊下の終わりのさきにある部屋へ走り込んだ。
はあはあと、肩で息をしながら部屋を見渡す。
ダイニングだ。白い壁、白いキッチンに家具。
背のとても高い男がこちらに背を向けてたっていた。
長く、一本に括られた金髪。白いスーツにどうやらエプロンをしているらしい。
ああ、ほら、よく知っているひとだ。
「寝坊だな、フィディオ」
低く、威厳のある音が俺の名前を紡いだ。
ずっと聞きたかった声だ。
それだけで俺は、今にも泣き出しそうだった。
「ミスター…K」
恐る恐る、呟いた。
からからの口は張りついて、うまく言葉に出来なかった。
けど、彼は理解してくれたらしい。
ゆっくりと振り向かれて見た顔は、本当に懐かしいそれで。
「情けない、寝坊など…。お前は、それでもオルフェウスのキャプテンが勤まると思っているのか」
涙は引っ込んだ。
代わりに呆れて笑ってしまった。
せっかく会えたのに、まさか最初から説教だなんて。
いや、でも、あなたらしい。
ふふっと背後から、笑い声がして振り向く。
白い壁、白いテーブルにイス。
ルシェがイスのひとつにちょこんとお行儀良く座っていた。
「やっときたね、お兄ちゃん」
にっこりと笑うルシェに、こちらも笑顔を向けた。
「ああ、怒られちゃったよ」
「お兄ちゃんがいけないんだよ、ね、お父さん」
ルシェはミスターKを見て、ねーとニコニコした。
Kも、まったくだと口許を緩めた。
そうか、お父さん、か。
「ごめん、父さん。明日から気を付けるよ」
「当然だ、早く朝食を食べろ。食べ終えたら特訓を始める」
「わたしも、お手伝いするね」
「ルシェは危ないから見ていなさい」
「え、でも」
「…フィディオの特訓が終わったら、私と練習をしよう」
「やったぁ、約束だよ!」
あまりに懐かしさを含んだ優しい光景に、俺はまたしても泣きそうになる。
白い世界は温かい。
こんなふうに生きたかったのだと、思う。
父と彼とのわずかな思い出が滲み、混ざる。
やめてくれ。
この世界は、優しすぎる。
優しすぎるんだ。
目覚めるのが嫌になる前に、現実に戻って絶望しないために
早く覚めてくれと願った。