なんてことない喜びを | ナノ
ころん、と爪先にボールが当たる。
前方からゆるりとしたスピードとはいえ届いたそれにフィディオは満面の笑みになった。

「すごいぞ、ルシェ!届いた!」

少し離れたところから驚いた顔をしてこちらを見ている少女に大きく手をふる。
彼女も嬉しそうに頷いた。

「やっと届いた…」

ふたりは週末になるとこうしてサッカーの練習をよくする。世界大会が終了してからの習慣になっていた。

こうしてただふたりで蹴り合いをすることが多いが、たまに元オルフェウスの面子がやって来ては簡単なミニゲームをしたり、人数が多いときは練習試合に発展することもある。
試合となるとさすがにルシェは見学というかたちになってしまうが、みんなのプレーする姿ををそれは楽しそうに応援した。

彼女が実際にボールに触れるようになったことで、サッカーをますます好きなってくれたことにフィディオは心から嬉しく思う。

このボールの蹴り合いも、だんだんふたりの距離を離してもボールが届くようになっていくことが楽しかった。
白い流星と呼ばれ、ついこの間までイタリア代表を引っ張っていた男がこんなただの蹴り合いなんてと思うひともいるだろう。
しかしフィディオにとってルシェの成長を間近で感じることは、素晴らしい試合でプレー出来ることと同等の価値があるのだ。

「もう一回やってみよう、さっきみたいに蹴ってみて」

「うん!」

「じゃあ行くよ!」

ルシェに向けてボールを蹴る。本来の力強いものではなく、あくまで優しく、彼女が受け止めやすいように。
ボールはゆるやかな、けれど綺麗な放物線を描いた。
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