君に眠る | ナノ
今でもたまに呼ぶ声が、紡がれる名前が届く度に返事をしてしまいそうになる。
アツヤ、ねえアツヤ
本当の完璧の意味を掴んで吹っ切れたくせに、それでも士郎は俺をよく呼ぶ。
でもそれは昔のような助けを求めるものじゃなくて。
たとえば今日のシュート決まってたよね、とか。
パスの切れが悪かったかな、とか。
染岡くんが誉めてくれたよとか、そんなその日1日の報告のようなものだ。
ねぇアツヤは見ていてくれた?なんて尋ねてくるもんだから、そのたびに俺は返事をしてしまいそうになるけど、ぐっと堪えて、士郎の奥底でじっと踞る。
こいつはもうひとりで大丈夫なんだからと、言い聞かせて。
今でも時々、出ていって助けてやりたくなることがある。
俺なら違う立ち回りをするのにと思うことも、染岡とまたワイバーンブリザードを決めたいなんて望むときだってないわけじゃない。
けど以前のように表に出るようなことをしたら、また士郎はバランスを崩すかもしれない。
返事をして変な期待を持たせて、また俺に頼るようになってもいけない。
いや、そもそも士郎はそんなことをもう望んじゃいない。
士郎はもうひとりで歩いていける。
誰より側にいたんだ。
それくらい分かる。
大事なものも、信じられるものも、驚くほど沢山手に入れたんだ。
俺は、必要ないんだ。
でも、それでも、もう必要のないはずの俺が未だにここにいられるのは。
士郎がわざと、俺をここに置いてくれているような気がして。
だから名前を呼んでくれるのか、なんて。
アツヤ、アツヤ
優しくて心地よい低さの音が名前を呼ぶ。
もうお前以外の誰かが俺を呼ぶことは二度と無いけど
お前が忘れないでいてくれるなら、それでいい。
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