それは願掛けにも似た溝 | ナノ
おこづかいをためてね、買ったの
手に持つブーケをいとおしげに見つめてルシェはそう言った。
小ぶりなそれは、少ないお小遣いで選んだ、精一杯の豪華なものなんだろう。
黒いシンプルなワンピースに、黒い靴。少女はあの頃よりほんのちょっとだけ大きくなった。
隣に並びルシェの右手をとる俺も、黒のジャケットにパンツという格好だ。
「おじさん、よろこんでくれるかな」
そう言って笑ってはいるが、それはどうにも無理矢理で痛々しかった。俺は彼女の手を強く握った。そうしないと、彼女まで遠くへ行ってしまう気がしてしょうがなかった。
「ルシェ、無理しないでいいんだ」
顔を覗きこむと、ルシェは首を横にふった。
「おじさんに心配かけたくないの」
わたしはだいじょうぶだよって言いたいの、と。
彼女はもう笑っていなかった。真剣とも、無表情とも言える面持ちで、俺から目をそらした。
胸が締め付けられて、苦しくてしょうがない。
「そう、だね」
声がかすれた。それきり、ふたり揃って押し黙ってしまい、会話のないままどちらともなく歩き出した。風の冷たい、寒い日だった。
俺は、あのときルシェに泣いて欲しかったんだと思う。
それが自分がもう泣かないで済むためか、それとも彼女と一緒に泣きたかったのかは今となっては分からないけど。
あの日以来、同じ悲しみを共有出来ないまま今日まで生きてしまっている俺たちは。
いまだにあなたに会いたくてしょうがないんだ。