愛の在りか | ナノ
※十年後のふたり

幸せであることはこんなにも容易いのだと、吹雪は心底思った。
ただ互いに想い合っていると、よく分かり合っている相手と、おんなじソファにならんで座る。
三人掛けの、ひとりぶんを真ん中にあけて座るその距離は、吹雪をとても穏やかな気持ちにさせた。
正面のテレビには夕方のニュースが映っていて、一昨日離婚したと報道のあった女優が晴れやかに笑っている。
たしか彼女とその別れた男のあいだには子供もいたはずだと、吹雪はぼんやりと記憶を探ってみた。
男女でも、どんなに好きでも、結婚という縛りを作っても、ふたりの命を分けて持つ子供がいたって、別れがくるのなら、僕らふたりの関係のほうがずっと神聖で永遠だと胸を張れる自信があった。
例え書類上で夫婦になれなくても、ひとには言えない間柄でも、子供が作れなくても。そんな形式めいた記号より強いなにかは確かに存在する。存在するから、僕ら二人はいまこうして過ごしているのだと、吹雪は思った。

二人はただ黙々と菓子を頬張っていた。
高級ブランドの限定ショコラに、比較的低価格の大量生産されるチョコレート、クッキーに挟まれたものからポテトチップスにソースがかかったもの…ありとあらゆるチョコレート菓子の包みをあけては口に頬り、咀嚼していく。
さすがに手作りのものは手をつけられないので、仕方がなく避けることになるけど。

二人のもとへ2月14日に届くチョコレートの数は尋常でない。
数えるという行為は数年前に諦めた。
有名人なのだから当然といえば当然だが、普通なら他の選手やスタッフなんかに分けて配って捌いてもいいようなのに、二人は決してそうしてこなかった。
無理をしてでも食べる、自分たちで、自分が受け取ったものは。
なんとなくそう、決めていた。
送ってくれた側の気持ちを無下にしたくない、とか、たぶん、はじめはそんな理由だったんじゃないかと思い返すものの、でもいまはどうだろう、と吹雪は考えた。
知っていたい、のかもしれない。
自分が心底愛して、同じくらい愛をくれる隣の人物が、また世界からもどれだけ愛されているのか、体感したいのかもしれない。おんなじように、自分がどれだけたくさんの愛を受けとる人間なのか、彼に見せつけたかった。
自慢をしたいとか張り合いたいとかそんな子供じみた意味ではなくて、ただ事実を見てほしくて、見たかった。

吹雪がこっそり隣を盗み見ると、染岡はピンク色のチョコレートがたっぷりかかったドーナツに夢中になって歯をたてている最中だった。
美味しそう、と思ったときにはすでに、吹雪はチョコをつかんでいないほうの手を持ち上げてゆらゆらと揺らしていた。
それに気がついた染岡も吹雪を見た。まっすぐと。
どちらもなにも言わずに、互いに体を傾けて、離れていた空間を埋める。
触れるだけのキスをして、すぐに離れて、またひとりぶんの空間が生まれた。
たった一瞬でも驚くほどに甘い味を感じて、吹雪はむせそうになるのをなんとかこらえた。

(どっちも甘いものそんなに得意じゃないのに、よくやるよね、僕たち)

そんなふうにひとりごちて、思わずふふっと笑う。
となりの楽しげな様子に染岡はまたちらりと吹雪のほうを見やったが、目元だけで少し笑うのみで、すぐにまた手元に視線を戻した。

(世界からも僕らはこんなに愛されて、愛をもらって、そのうえ僕らは互いを誰より愛しているんだ)

幸せだと、吹雪は思った。
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