秋と冬 | ナノ
「だれかにご飯を作ってもらうのなんて、いつぶりだろう」

ぽつりと静かに、それでいてどこか驚いたような調子で冬花は呟いた。
急にどうしたの、と秋が藤色の茶碗にご飯をよそいながら尋ねると、冬花はやっぱりびっくりした顔をして秋を見た。

「お父さんと暮らし始めてから、ほとんどわたしが料理をしていたんだって、気がついたんです。
うんと小さい頃はお父さんが作ってくれていたんですけど。
毎日遅くまで仕事をしながら、男手ひとりでわたしを育てるのって大変だから、料理くらいはわたしがなんとかしてあげたくて」
「そっかぁ。偉いなぁ、冬花さん。わたしなんてお母さんのお手伝いでしかやらないから。それもたまにだよ。
久遠監督は冬花さんに毎日美味しいご飯作ってもらえて幸せだね」

はい、とこんもりとご飯が入った茶碗を冬花に差し出しながら、秋はにこやかに言った。
冬花は少し頬を赤くして、両手で大事そうに茶碗を受け取った。

「そんな、誉められるようなことじゃ…でも、お父さん、どう思ってるんだろう。
あんまりご飯の感想とか言ってくれないから…」
「監督、照れ臭いんだよ。でも、なにも言わずにぜんぶ食べてくれるのも、美味しいって感想だと思うな」

秋が二つ目の茶碗にご飯をよそう。
白いふっくらとしたお米からはゆらゆらと湯気が上がっている。
ふたりが向かい合って座るテーブルの上には、秋の手料理が並んでいる。
大きなサラダボウルの中でまぜこぜになった色とりどりの温野菜。
漆塗りのお碗にはキノコが沢山入ったお吸い物。
四角く細長い皿には油がてらてらして、まるまると太った秋刀魚に大根おろしが添えられている。
焦げ付いた香ばしい香りが炊きたてのご飯の匂いと混ざって、冬花は空腹をいっそう強く感じた。

きっかけはなんだったか。
冬花が、父の仕事が忙しいときはよくひとりで夜ご飯を食べるのだと話したら、それならわたしが冬花さんの家に行ってもいい?と秋が提案したことが発端だった。
ひとりでご飯を食べることくらい、もう中学生なのだからなんということもないと冬花は思っていたが、こうして自分以外の誰かの空気に触れて、さらには自分が作ったものではない料理の並ぶ食卓の明るさに、胸の奥がむずむずとする感覚を覚える。

「喜んでもらえるかな、とか美味しく食べて欲しいなって思いながら料理をするのが、わたし好きだなって、ずっと思ってたんですけど。
こうしてだれかが作ってくれるご飯を待ち遠しく思うのも、いいものですね」

(お嫁さんをほしくなる男のひとの気持ちってこんななのかな)

ふと浮かんだ考えから、ぼんやりと冬花は想像してみた。

仕事…どんな職業に就くかなんて、まだ全然分からないけれど、例えばわたしが残業とか、そういうので帰りが遅くなって、くたくたで帰ってきたときに、シンプルだけど可愛いエプロンを着た秋さんが帰りを待っててくれたら。
温かくて美味しいご飯が、二人分の小さな食卓に並んでいたら。

(…だめ、残業なんかしてる場合じゃない、すぐ帰りたくなっちゃう)

「そう言ってもらえると、作った甲斐があるな。
ねぇ冬花さん、また、冬花さんのお家に遊びに来たときは、わたしがご飯作ってもいい?」

秋の問いかけに、冬花の空想がぴたりと止まった。

「…え、いいんですか?」
「うん、だって、冬花さんに喜んでもらえたら、わたしも嬉しいから」

あんまりレパートリー無いけどね、と照れ臭そうに笑う秋に冬花は満面の笑みを返した。

「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -