恋は錯覚。愛は幻。 | ナノ
「ただいま、アルフレッド」
「…………」

彼女の笑顔、それからフワフワした長い髪と短いスカートを見て、やっぱり可愛いと思ってしまった。きっといい香りもするのだろう。今日も彼女は"おみやげ"をテーブルに置いた。そして俺の隣に座る。やっぱりいい香りがした。

「ケーキ食べよう?」

機嫌取ろうったって、もうそんな手には乗らない。思えば彼女が夜遅くまで外出するときはいつも何かを買って帰ってきてくれていた。優しさも少しはあるのだろうか。それはただの哀れみなのか。真意は彼女しか知らない。

「出て行け、今すぐ」
「どうして?」
「そうしないならまずシャワーを浴びてきてくれないか」
「嫌よ。そんな気分じゃないもの」

彼女は平然とケーキを食べる準備を始める。出て行けと言ったこともあまり気にしていないようだった。怒鳴る気にはなれなかった。本当は何かの間違いなのかもしれない、とすら思える。テレビでは足を故障してしまったメジャーリーガーの話。契約解除。呆気ないものなのだろう。きっと、こんな風に。


「…このケーキは誰に買ってもらったんだい?」
「は?自分で買ったに決まってるじゃない」
「……」

見覚えのあるケーキ屋のロゴは見れば見るほどウンザリする。休日に家で1人彼女の帰りを待っていた俺と、そんな俺にケーキを買う彼女とアイツとを想像すると今すぐゴミ箱に投げ捨てたかったけれどそれでは余計にみっともない気がした。それにこの店のケーキは美味しい。アイツがお気に入りなのだから当然である。

「コーヒーにする?紅茶にする?」
「……コーヒー」
「砂糖は?」
「5つ」
「え?」
「聞こえなかった?5つだよ」
「あ、ああ…そう。太るよ?」
「太ったら別れるかい?」
「ふふ、私はどんなアルも愛してるわ」
「……」

彼女はカップ、お皿とフォークをそれぞれ2つずつテーブルに置くと、また俺の隣に座った。長い髪が少し揺れて、首筋に一瞬紅い痕が見えた。それはまた直ぐに隠れてしまった。

一気に泣きたくなった。

いつから、アイツの気配はその場所に在ったんだろう。人に言われてやっと気づいた俺が馬鹿なのか?だから彼女は平然としているのか?お前はまだ若いから仕方ないって、何が仕方ないんだよ、なあ、誰か教えてくれないか。出来れば分かり易く。


「美味しそうでしょう?」


ケーキをお皿に乗せて微笑む彼女もアイツに美味しくいただかれてしまった訳だ。溜め息を飲み込む為にコーヒーに口をつける。

「熱っ!痛っ!」
「…熱いって言ったのに…」
「…はは…聞いてなかったよ…」
「もうっ!だいじょうぶ?火傷した?氷取ってくるね」

舌がヒリヒリして痛い。彼女が立ち上がってとき、またアイツの痕が見えた。もう何も話す気にも食べる気にもなれなかった。


「わっ、え、どしたの…そんなに痛かった?」
「……ああ、痛い。すごく、いたい」
「…アル、」

彼女は俺のメガネを外し、目尻の涙を親指でそっと拭いた。優し過ぎる触れ方だった。


俺は自分が馬鹿なのを認めたくないし彼女が他の誰かに逢っているのに気づきたくないし何か余計なことを言って彼女がいなくなるのが怖い。だから若いとか言われたのか。だからこんなに泣けるのか。だから彼女は俺をあやすのか。


「泣かないで、アルフレッド。貴方の瞳は、綺麗な青色ね。とても素敵よ」


例え本当じゃないとしても、彼女はどんな俺でも愛してくれると言った。だけど俺の愛せる彼女は多分、俺を愛してくれる彼女だけだ。






恋は錯覚。愛は幻。