「失礼するぞ」と丁寧に一礼しながら医務室に入ってきた男を一瞥するなり、ラチェットは顔をしかめた。対して自身の弟子は「ああ、ドリフトじゃない」と朗らかに挨拶して招き入れてしまったのだから、なんとも癪である。
「どうかしたの? 怪我?」
「いや御心配には及ばない。貴女と話がしたくて参ったのだ」
「そう、じゃあ何か用意するから座って―――」
「ああ これはつまらないものだが」
そう言いながらご丁寧に手土産まで持参してきたのがまた憎らしい。そこまでしてこの子と接触したいのか。断って追いだしてやろうと思ったが、アクリャがニコニコしながら受け取ってしまったので実行には移せなかった。
「先生、何で怖い顔をしているんです」
「きっとお疲れなのだろう。ラチェット殿は多忙であるから」
お前が原因なのだ! とひと思いに叫んでつまみだしてやりたかったが、やはり弟子の手前、思うように動けなかった。歯がゆい思いをしながら憎らしいほどに満面の笑みを浮かべている男を睨んでいると、「先生」とアクリャに声をかけられてしまい、ラチェットは慌てて表情を元に戻した。
「先生も休憩してください。ドリフトが言うとおり、ここのところ忙しかったですから」
「ああ……そうだな、そうしよう」
「じゃあエネルゴンの用意をしますね」
ちょっと待ってて下さい、と言いながらアクリャがその場を離れるのを見届けると、ラチェットは即座に厳しい視線をドリフトに向けながら威嚇するかのように口を開いた。
「あの子はまだ渡さんからな」
「はて、何の話なのか」
「とぼけるんじゃない、お前が何かに付けてあの子に会いにきているのは知っているんだからな。私の目が黒いうちには絶対にお前に渡しはしないからな」
「では黒くなくなったら頂戴してもよろしいのだな?」
「なっ!?」
何て事を言うんだ、とラチェットが言う前に、エネルゴンの準備を終えて戻ってきたアクリャによって2人の言いあいはお開きを迎えることになってしまう。
上機嫌で器を受け取ったドリフトに対し、ぶすりとした態度を取ってしまったラチェットは、心配した弟子に何事かと問い詰められてるという目にあい、ますますドリフトへの憎しみを募らせてしまったのであった。