6:decision





狭い一人部屋に男が二人も入ると、色々と圧迫感があるけど、リビングだといつ家族が帰ってくるかわからなかったので、部屋へと案内した。
基山さんは、顔を見に来ただけだといってすぐに踵を返そうとしたけれど、一度引き止めただけで黙ってついて来てくれた。きっと彼も俺と同じことを考えていたのだろう。
そろそろしっかり話すべきだということを。


「・・・リュウジくん、最近あんまりバイトに行ってないみたいだね」


コーヒーを入れて、小さい机に向かい合った俺たちの沈黙を破ったのは、基山さんだった。


「回りくどいのはやめて単刀直入に聞くけど、それは俺のせい?」


俺は無言で両手で掴んだカップを握り締める。


「この間の行動は――浅はかだったかもしれない。それで、もし君が傷ついてしまったなら、それが答えだと思う・・・」
(答え・・・・・・・・・)


淡々とした言葉が部屋に零れ落ちていく感じがした。俺は言葉を選べない。ただ、今、これは俺たちにとっての下り坂なのだと思った。
基山さんと一緒にいたときに感じたこと、体験したことは何もかもが初めてだった。俺はいつだってどうしたらいいかわからないまま、基山さんに寄りかかって流されていたんじゃないかとは、ここ最近イモ虫でいたときにやっと気づいたことだった。

(自問自答、疑心暗鬼の醜いイモムシ・・・・・・)


「・・・・・・俺は、瞳子さんが好きでした」
「・・・うん」
「俺は、瞳子さんが、好きだったんです・・・・・・」
「・・・うん」


言ってしまえば簡単なんだな、と妙に感心した。
基山さんの相槌が、「知っていたよ」、と暗に俺に告げていた。


「でも、最近わからないんです。すきって、なんなのか・・・」
「・・・うん。俺もだ」


俺は俯いたまま、コーヒーの水面が揺らぐのを見ていた。


「俺もほんとはずっとわからなかったんだ。今もわからない。でも・・・さっき聞いただろ、俺のせいか、って。もしそれが本当なら・・・・・・なんだろうな、嬉しいんだ」


水面が大きく揺れる。手が震えていた。


「リュウジくんの何かに触れられたのかなって・・・・・・」
「違います!基山さんのせいじゃない!」


顔を上げると、思った以上に落ち着いた目の色をしている基山さんと目が合った。綺麗なエメラルドグリーンが俺に何かを訴えているようにも、俺を責めているようにも、哀れんでいるようにも、慈しんでいるようにも、(愛しているようにも)、見えた。
全部俺の浅はかな心算がいけないんだ、そんなことははじめからわかっていた。好きな人の好きな人を奪ってやれ、そんな浅はかさが招いた結果だと、わかっていたのになぜここまできてしまったんだろう。ここまで付き合わせてしまって、付き合ってもらってしまって、余計に惨めに感じるだけなのに。
それが「好き」の答えなのだとしたら、俺は誰も好きになる資格はない。
好きな人の幸せを願ってこその好きじゃないのか。彼女は彼女の好きな人――基山さんと――・・・!


「じゃあなんでそんなに俺と離れたがるの?」


基山さんは目を細めた。


「俺じゃだめなんですよ、俺なんかじゃ・・・」
「・・・なぜ」
「俺は、ずるいんだ。卑怯で、臆病で、ズルイ、最低なやつだ・・・」
「・・・・・・・・・」
「だって、俺のせいなんだ。全部・・・だから基山さんは悪くない・・・」
「――そうやって、逃げるのか?!」


基山さんが怒声を放った。拳を受けた机が戦慄き、空気が震える。
俺は驚きで目を見開いた。基山さんは肩で息をしながら俺を尚も見詰めている。


「俺はもう甘んじない。君の口から決定を聞く」


目を逸らしそうになる俺の胸倉を掴んで、基山さんは強く言った。
鼻先が触れそうなほどの距離から覗いた瞳はエメラルドが深く、怒りで輝いて、でもその奥は暗く悲しそうな色をしていた。


「・・・・・・」
「理由がどうとか、周りがどうとか、自分がどういう人間だとか、ふさわしいとか、ふさわしくないとか、そういうんじゃない。そういうものじゃなかった。すきっていうのは」
「俺は・・・」
「君はわかってないんだ。決め付けてしまってばかりで、本当のことを見ようとしないで憶測ばかりで。・・・俺から逃げるな」


肩をつかまれた。まっすぐでどこか余裕のない目が俺を射抜く。瞳の中にアホみたいな幼い顔の自分が映っている。
そこでやっと俺は、心臓がおかしいくらい胸の中で暴れまわっていることに気づいた。


「俺は君が好きだ。――嫌なら拒め」


そう言って彼は――俺の唇に噛み付いた。





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