5:missing







一度言ってしまえば、すとんと胸に落ちてくる言葉に、俺は正直にならざるを得ない。



「最近、うちのバイト君が休みがちなのよね」


クローズ間近の喫茶店には、客は最早俺一人しか残っていない。カウンターに席を移して、テーブル席を他のバイトが早々と片付けているのを横目で見ながら俺はグラスを傾けた。


「それを俺にいう意味は?」
「あら、曲がりなりにもあなたの恋人でしょ。そういう部分とかも知っておきたいんじゃない?」
「・・・・・・コイビト」


俺の目の前にたった、ここの喫茶店のオーナーの瞳子さんは、トーションでグラスを磨きながら、しれっと言った。その響きに俺は思わず小さく息を漏らす。
恋人。
それは、現在俺と彼を繋いでいる関係だった。


「それとも、もうその関係は解消されたのかしら」


俺は押し黙る。
もともと、グレーゾーンに位置する関係だとは薄々思っていた。だからこそ、冗談の平行線上と呼べるレベルで押しとどめていたはずのそれを、俺は先日、乗り越えようとしてしまった。
家に呼んで、それから。
そのときのことを思い出すと、よくもまあ、と自分に感嘆の声を上げてしまいたくなる。――そのかわりにゴリ、と氷を齧ることにとどめた。
ずっと胸のなかにあった違和感をどうにかしたかった。理由を言ってしまえばそれだけだった。だから少々雑だけれども、一番ダイレクトな行動を起こそうと思ったのだ。そうすれば自然と決着がつくだろう、と。
リュウジくん自身も、この惰性のような関係に漬かりはじめていることに気づいていたと思う。それでは駄目だとも思った。
いや、既に半身を乗り上げて、あとは落ちるだけになっている。
彼は言葉こそ返さなかったが、受け入れる態度を確かに取っていたのだ。


「・・・いや。どうなんだろうね」
「珍しく曖昧な関係に甘んじてるじゃない?」
「まったく、俺がまるでプレイボーイみたいに言うのはやめてほしいな」
「あら。ごめんなさいね」


誤魔化すような苦笑を一つ。
対するオーナーは涼しい顔でグラスを証明に照らした。


「お土産をね、買ってきたのよ。だから来てくれないと困っちゃうわ」
「お土産?」
「ええ。この間実家に帰ったから。そろそろ年末年始でしょう、でもその頃に帰れそうになかったからね」


年末、の言葉に、急に寒さを感じた気がした。椅子の背もたれにかけた厚手のコートが背中に当たる。
彼との関係がこうして始まったのは、確か秋の初めではなかったか。いつの間にかこうして季節を二つ重ねてしまっていた。ずるずると。


「来年からは彼も忙しくなるだろうから、ね。――今のうちよ?」


光に透かしたガラス越しに、オーナーは目元だけで笑って見せた。



* * *



日が暮れる。
狭い部屋の中、差し込む光がだんだんと色濃く傾いていくのを感じながら、俺はベッドの上でイモ虫のように布団に包まって転がった。
学校はきちんと行っている。もっとも、もう三年ともなればそれほど授業があるわけでもないので、そう考えたらこうしてイモ虫さながらの状態になっている時間のほうが多いかもしれない。
今まで生活時間の一部になっていた、バイトを無理に休んでいる。
好きな人と居られる時間は少しでも多く、長いほうが幸せだ。バイト自体すきだったけど、俺が一週間のうち、大半をバイトに捧げていた理由はそこにある。
秘めた想いでも、叶わないかもしれなくても、いいと思っていた。実際、瞳子さんに好きな人がいるとわかっても、揺るがなかったのに。
俺はオーナー、瞳子さんが好きだった。


「すき、だった・・・・・・」


だが、今はそれがよくわからない。
俺は狭いベッドの上で寝返りをうつと、そっと壁際に身を寄せた。布団の中で火照った皮膚に冷たい。


「すきって何だったんだ・・・・・・」


言葉にすれば、案外簡単なものだ。
彼はそういった。
でも、俺にはできないことだったのだ。

そこに、突然インターフォンが鳴る。俺はそれを無視して目を閉じた。が、そういえばこの家には今、自分以外いないことを思い出し、ゆっくりと身を起こす。身なりはかなりボロボロだったが、気にすることはない。女子でもあるまいし。
どうせ郵便かなにかだろうと、軽い気持ちで開けたドアの先を見て俺は固まることになる。


「・・・・・・基山さん」
「コイビトが具合が悪いって言うなら、駆けつけるのが役目だろ?」
「・・・・・・」
「や、君のバイト先のオーナーにね、こき使われて来たんだよ。そう構えないでよ」
「瞳子、さん?」
「・・・なんだか、ボロボロだね」


目の前の基山さんはコンビに袋を手に、少し可笑しそうにくすりと笑った。柔らかい笑みに心臓が一つ大きく動く。
その顔を見たのがなんだかすごく久しぶりな気がして、少し驚いてしまったんだ。





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