04

「涼野ってさ、ちゃんとご飯食べてんの?」
緑川がたくあんを齧りながら尋ねた。南雲は掴んでいたトマトを味噌汁の中へ落としてしまった。「あ〜あ・・・」
「もうそれはトマトじゃないな。何動揺してんのさ」
「べ、別にしてねーよ。ちくしょう・・・サイアクだ・・・」
「ふーん・・・。ま、別に晴矢のトマトはいいんだよ。それよか、涼野はどうなわけ」
「・・・さあ、知らね。食べてんじゃねえの?」
「テキトーだな〜。涼野が来てからもう三日になるけど、一回も食堂で会ったことないしさ。それどころかすれ違いもしないのっておかしくない?」
「会わなくても別にいいんじゃねーの?おかしかないだろ。自分でどーにかしてんだよ。たぶん」
ここの寮では食事の時間は厳密に決まっていない。寮生のための食事が出される時間は決まっているが、基本的に自炊するなら夜まで食堂は開いている。
でも、と緑川は箸を振った。もしここに基山がいれば、間違いなく注意されていたところだが、ここにいるのは南雲と緑川のみだった。休日の朝の早い時間だったので、他の寮生はまだ起きだしていない。
「大夢もヒロトも、アフロディもあったことないっていうんだよ」
味噌汁を啜っていた南雲はそこで咽た。「なんだそのアフロディって」「何ってなんだよ。フツーにあだ名だろ」「・・・そうか」
「とにかく、気になるから言ってよ。一度くらい皆でご飯食べようって」
「え、俺が?」
「他に誰がいんだよ。ルームメイトだろ。だいたい、涼野部屋にこもりっきりじゃんか」
「そりゃそうだけど・・・」
眉間にしわを寄せている南雲をよそに、緑川は手際よく食器を片付け席を立った。去り際にウインクをして、言外にまかせた、と念押しして、食堂を出た。

部屋に戻った南雲は、二段ベッドの前に立ちすくみ、そこにある塊を見上げた。
南雲がみているかぎり、涼野は転入以来、一日のほとんどをああしてベッドの上ですごしていた。学校に行っているかも定かではない。
初日、夕飯に誘ってみようとした南雲だったが、布団に潜って丸くなっているのを見てなんとなく声をかけずにいた結果、さらに声がかけづらくなってしまったのだった。
南雲は意を決して梯子をそろそろと上り、目の前の塊に声をかけた。
「・・・・・・おい、そろそろ朝飯だぞ」
「・・・・・・・・・南雲くんか?」
南雲は返事があったことに面食らい、またしてもよくわからない返事をした。「お、おう。」
「・・・確かに声はそうだが、南雲くんだという証拠がないな」
「ハア?証拠っていったって・・・」
「君が南雲くんであるという証拠がないなら、私は君が南雲くんではないと思うしかないだろう。君は誰なんだ」
南雲は少し考えた。
「・・・お前が布団からでてくればいんじゃね?」
「そうか!その手があったな」
「お前それでいいのか」
よくわからないまま返事をしていると、涼野が顔を出した。「やはり南雲くんだったか」相変わらず真顔だったが、なんだか妙に嬉しそうな声色で呟いた。
「俺とお前以外この部屋には入れねーんだから、俺に決まってんだろ」
「そうだったのか。しかし、なぜだ」
「他の奴らは鍵もってねーの。自分の家には鍵かけとくのが当たり前だろ。まあ、基本的に鍵はあんまりかけないけどな」
「・・・そうか」涼野は考え込むように俯いた。
「とにかく、朝飯だぞ。お前がちゃんとメジ食ってんのかって周りがうるせーから、今日くらい顔だせよ。そろそろ皆起きてると思うし」
いいながら、南雲はなんとなしにベッドの周りを見た。今までずっとベッドの上にいたであろう割には殺風景だった。ベッドの隅にただポツンと、石の置物があるくらいだ。透き通るような薄紫の結晶で、わずかに光っているようにも見えた。自然と南雲はそれに見とれていたが、すぐに涼野が布団の中へしまいこむ。涼野と目が合い、気まずそうに南雲は咳払いをした。
「早く支度してこいよ。もうメシはできてっから」
「めし?めしは食うものなのか」
「?当たり前だろ。メシはご飯なんだし」
「めしはごはんなのか?なぜわざわざ違う言葉なんだ、ごはんとどう違うんだ?」
「ハア?」
南雲は眉間を押さえる。そしてある結論に至った。
「・・・もしかしてお前アレか、実はお前は留学生ってやつか」
「・・・りゅう?」
「メンドクセーからもういい。お前がガイジンなのはよくわかった。とりあえず降りてこいよ」
「ま、まて。私もその朝飯ってやつに行かなくちゃいけないのか?どんな儀式なんだ、それは」
「朝にメシを食うギシキー」
勝手に留学生と解釈をしてしまうと、確かに納得がいったので、南雲は自画自賛しながら涼野を待った。
慌てたような足音が聞きながら南雲は先ほどの石のことを考えた。妙に目を惹く謎の結晶は、そこらへんで売っているものではないような気がしたのだ。
しかしすぐにどうでもよくなり、これから食堂で顔をあわせるであろう面子を思い出しうんざりした。南雲は元来、あまり考え込むのが好きではなかった。
「南雲くん」いつの間にか隣に追いついていた涼野が呼びかけた。「なんだよ」部屋の鍵をかけながら、南雲は背後の涼野の声と、鳥の鳴き声を聞く。
「おはよう」
思わず振り返る。
「・・・・・・えっ」
「なに変な顔してるんだ?朝はコレが常套句なんだろう?そのくらいは知ってるぞ」
どこか誇らしげに言うので、南雲はどこか呆気にとられながら、はよ・・・とだけ返した。
「朝飯という儀式・・・私はやりとげてみせる」
「ウン・・・がんばれ」



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