海岸の走りこみは日課だ。この島へきてから、欠かすことなくやっている。かつて、沖縄で身を隠していた頃からの練習方法なので、天候が安定しているこの島はありがたかった。
早朝と、夕方は他の基礎練との折り合いを見て。今日は久しぶりに、海に沈む夕日を見ながらの走り込みだった。
そこに見知った人影を見つける。


(・・・夏未?)


知らぬうちに方向転換をして、走り寄っていたのはなぜなんだろうか。


「・・・しばらくだな」


声をかけるとゆっくりと振り返る。夕日に透けた明るい茶色の髪が、一層赤く風に揺れていた。俺を見て大きく瞬きをする瞳の色もまた、あの頃から変わっていなかった。


「・・・・・・ええ。無事この島で会えて嬉しいわ。豪炎寺君」
「ああ。俺もここまで来ることができてよかったと思ってる」
「ほんとうに」


小さく言って、海に視線を戻してしまった。俺もまた、視線を前に戻す。夕日に照らされて赤くなった海に、乱反射した光がはねている。遠くでは沈みきらない光が小さく浮かんだ月を照らしていた。走っているときから、綺麗な島だとは思っていた。だが、実際立ち止まってみたのは今が初めてで、改めて自分は随分なところに来たのだな、と思った。
あの海の向こうからやってきたプレイヤー、ライバルたちが、いま、俺たちの相手なのだ。
斜め前に立つ背中は何を思っているのだろう。ふと、俺は彼女に視線を送った。


「チームの調子はどう?」


そのタイミングを見計らったかのように、彼女はこちらへ向いた。俺はわずかに逡巡し、しかしやがてその瞳を見据える。


「いい、と思う。けどどうやったって現段階にすぎない。だからこれからはわからないし、それをいえば、よくない、と言えるのかもしれない」
「・・・あなたらしいわね」


でも少し安心したわ、と小さく笑う。


「・・・そっちは」
「私?そうね、順調よ。現段階では」
「円堂に、会ったのか」


数回の瞬き。しかしその後、覚悟したように大きな瞳が俺を見ている。彼女は隠し事が上手い、が、嘘は苦手だということは、マネージャーを含め、きっと雷門時代からの仲間ならば知っていることだった。だから俺にもわかった。彼女は今、何かを抱えている。
しかし、俺には到底尋ねる資格のないことなのだろうと、なんとなく感じてしまったのだ。彼女の瞳が強く覚悟の色を俺に訴えていたから。俺は自分の軽率な問いかけを僅かに後悔した。けれど取り消す気もなかった。


「・・・会ったわ。ついさっきまでそこで話をしてたの」
「・・・そうか。ならいいんだ」

「・・・・・・何を話したか、って聞かないの?」


からかうように彼女が笑う。俺は肩をすくめた。


「いや、いい。・・・どうせ円堂絡みなんだろうから、後でアイツからじっくり聞く」
「ふふ、そうね。本人から聞いたほうがいいことかも。遅かれ早かれ、豪炎寺君になら伝わっちゃうかもしれないわね」
「・・・やっぱり円堂絡みなのか」


そうよ、と小さく頷いた。彼女の抱えていることの鱗片にいともたやすく触れてしまった。そうさせてしまう何かが、あったのかもしれない。


「俺は円堂がすきだ。鬼道も、イナズマジャパンのやつも皆アイツがすきだ。円堂を慕う奴はそれこそ世界中にいる。アイツは人を動かす。人のために、簡単になんでもしちまうヤツだからだ。だから、アイツのために大勢が動く。・・・でも、おまえは」


夕焼けに光る瞳を俺は見詰める。


「一方通行で、見ていてくるしい」


足の下で砂が動く。細やかな貝殻の欠片たち。世界中のあちこちを動いて、運ばれて、一つの場所にたどり着いた。海という、大きな流れの中で。夕暮れの凪いだ海では到底考えられない力で、ここまでやってきた。
俺たちも。


「・・・わかってるわ。たまに不安になったりもする。でも、私にはコレしかできないから、こうしてる。・・・木野さんたちみたいに、ちかくで応援したいって・・・思わないこともないけど。でも、私には私にできることがあるって思って、やってる」


言いながら、彼女はおもむろにサンダルを脱いで、海に向かって歩き出した。俺は黙ってそれを眺めている。


「これってエゴかしら。押し付けがましい?」


海に足首まで沈めて、彼女はこちらへ振り返った。少し困ったように眉を寄せて笑う顔は、いつもの印象より大分幼く見えた。
俺はゆっくり首を横に振る。


「円堂は、そんなこと思うやつじゃないって知ってるだろ。きっと感謝してるさ」


言いしな、俺も海に向かっていった。ざぶん、と硬い音を立てて、波が足元を泳ぐ。冷たい。
足の裏で砂が引いていく感触がわかった。


「結構冷たいな・・・」
「頭が冷えるでしょ?」
「・・・ああ」
「貴方にもこういう面があったなんてね。ただのサッカーバカだと思ってたけど」


くすくすと笑いながら、残った夕日の光に照らされて、彼女は海の向こうを見ている。何か一つのことににひたむきな横顔はとてもきれいだ、と、いつか誰かが言っていた言葉を思い出した。マネージャーだったろうか。
わからないけれど、彼女がこうして一生懸命に何かを成そうとしている姿はとてもまっすぐできれいだ、と思った。俺たちとはちがうフィールドで、こうして戦っている人たちがいることを、ゆめゆめ忘れるな。


「いや、俺もただのサッカーバカだ」
「・・・そうかもしれないわね」










(みんな、円堂バカだ!)








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