生徒×生物教師







放課後、俺は週に一度だけ部活を休んで向かうところがある。


「終わった?」
「ちょーど今終わったぜ!」


下校時間のチャイムがなる少し手前に、ドアからひょっこり覗く顔。俺は自慢げに紙を見せる。すると嬉しそうに駆け寄ってきて、紙を見てちょっと困ったように笑う。


「う〜ん…出来はどうあれ、お疲れ様でした。」
「えっだめだったン?!ドコら辺が?」


薬品とホコリの混ざったようなにおい、一部分しか点いていない蛍光灯のあかり。外からは俺が参加していたであろう練習試合の声がしている。
放課後補習。それが今俺が置かれている状況そのものである。


「しいていうなら、ここの実験結果のとこ」
「ウア〜!ほとんど半分じゃんかア〜!」
「でももうそろそろ下校時刻ですし、今日はもう帰っても良いですよ。明日提出してくれれば」
「いや、やったらァ。わかんねーとこあったら教えてくれ、」


先生。
そう声をかけると、少し戸惑いがちに彼はわかりました、と言って苦笑する。俺はこっそりその横顔を盗み見ながら、さもかったるい、というようにあくびをして見せてから机に向かった。
俺はハッキリ言って勉強が好きではない。本当なら放課後補習だって煙に巻いて部活に出てしまいたいと言うのが正直なところである――例外を除いては。
俺はとかく理科に関しては、とても熱心な生徒なのだ。


「なのに、どうしてだろうねえ・・・」
「んお」
「綱海くんは、理科すごい熱心なのにって話」


なのになぜこうして放課後補習を受けているのかと言ったら、それは俺の下らない心算と企みのせいである。でも、それを言ったら果たして彼はどんな顔をするだろうか。俺は週に一度のこの時間を楽しみにしている、こうして補習を受けるのは理科だけだ。などと、告白してしまったら。
先生は、非常勤で学校にはいないことのほうが多い。月に何度かの理科の実験の日、理科教員の補佐として教壇に立つ。だから、今までは会えて月に何回か。それが毎週必ず会える、残っているプリントの枚数だけ。


「じゃあ今日はここの単元までですからね」


カーテンが揺れて白衣が翻る。入梅前のすこし蒸した空気と、薬品と、ホコリの匂い。教卓のまえで座る先生を横目で見ながら、飽きたように机に伏してシャーペンを握る。ゆっくり、ゆっくり解答欄を埋めていきたい。間違いだらけでいいから、できるだけ時間をかけて。
梅雨が明けたら、実験のある単元はおしまいだ。彼の教え方がいいためか、プリントの枚数も残りわずかとなっている。じんわり、背中を這う汗と焦燥感。


(――このまま終わるか、)


言ってしまうか。
俺は無言でシャーペンを走らせる。天気の記号なんてどうでもよかった。ただ、この気持ちをこっそり現せる記号を誰かに作ってほしかった。演じるのにも限界がある。俺のよくない頭じゃ、ちっぽけな心算くらいしか浮かばない、ほんのいたずら程度の。


「・・・終わった?」
「―――いや、もうちょい・・・・・・」
「なんか変なの。実験のときはすごいはつらつしてるのに」


心臓がはねた。プリントの選択問題の欄に書いた字を、彼がこちらを見る前に慌てて消してしまった。机の隅に何気なく書かれた落書きみたいにほんの小さな三文字。まだ言葉にできない言葉。実を言うと、プリントが課題で出される度に書き殴ってきた言葉たち。女々しいなあ、なんて思いながら、俺のプリントに埋まる焦ったような右肩上がりの文字たちを眺めた。消去法で浮き上がってくる選択肢は最早二者択一で俺を責めてくる。
いうか、いわないか。
俺が頭を抱えて課題のプリントをにらんでいると、先生は教卓から立ち上がって、俺に向かって笑った。



「この単元じゃなくなったら実験できなくなるの、寂しいね」









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