「なァー、どうしたんだよ急に」


立向居は滅多に怒らない。俺が先輩だからっていうのもあるんだろう、強く言ってこないから、結局いつも俺は平謝りだ。そうすると、立向居は眉尻をちょっとだけ下げて、もうしないでください、とだけ言って許してくれるのだ。
でも今日は少し違った。
どこで地雷を踏んじゃったんだろう、って考えてみるけど、一向に思い当たる節がない。今日だって普通に一緒に練習してただけだし、練習してる間は別におかしくなかったのに。
さっきから立向居はそっぽを向いて俺の三歩先を歩く。


「俺なんかしたかなー」
「……、」
「ね〜?」
「……」
「たちむかァ〜いくぅ〜ん?」



ゆうきく〜ん?



何度目かの俺の呼びかけにピタリと立向居が脚を止める。後姿がさびしかったので、近付こうとしたけどなんとなく俺もその場で足踏みをした。
立向居の背中からは、不機嫌オーラがどよどよ溢れている。


「綱海さん、」
「え、あっハイ」
「今日ここにくるのちょっと遅かったですね」
「ああ、ウン、それは悪かった。」
「何か用事でもあったんですよね」
「まあ…そうね、ウン。」
「…女の子とふたりで、」
「ウン?」


なんか今ちょっと聞き逃してはならない一言があった気がするのだが。
立向居はなんでもありません、と早口に言ってそそくさと前進しようとするが、そうは問屋が卸さない。
俺は立向居が歩き出すより早く飛び出して、後ろから細身を捕まえた。


「なあ、立向居?」
「放してください、」
「んお?そうはいかねーぜ」
「……」
「観念したかー?」



どうせいつもみたいに口先だけだと思って、背中に少しだけ体重をかけてのしかかる。あいかわらずほっそいなあ、とか思っていると、




「…放しちゃってんっち言うているんたい!!!」




急に振り返って立向居が叫ぶ。
強く突き飛ばされた俺は数歩よろけて、俯いた立向居のつむじを眺めた。





(おおお!?)





「あーたはいつでんなしけんもなか風にすぐくっついてくるばってん、」
「おう……?」
「おれはっ……そいの嫌なしけんしゅ……!」
「おう…、えっ……?」



突然のことに驚いて二の句がいえない俺だけど、なんとか立向居の言葉についていこうと躍起になる。いつもからは想像の出来ない早口で、感情に押しつぶされそうな声で、それでもなんとか言葉を選ぼうとしてて、そういうとこはやっぱり健気だ。
理由はわかんないけどきっと、怒っているんだろうなあとは、わかったけど。
なんていうかすごく不謹慎だけど、こんな立向居が見れて嬉しい、とか思っちゃう俺。




「おれを…他ん人ばつのうてせんでちゃくれんね…」




そうポツリと呟いた後、立向居は顔を上げて俺を見た。
怒っていると思っていた俺の想像に反して、その顔は困ったように眉を下げて、なんだかちょっと情けない。実際、立向居も自分が言った言葉に少し戸惑っているようで、慌てて踵を返してしまった。
だけど俺は呆然と立向居の直ぐ後ろに立ち尽くすしかなかった。いや、別に悲しかったんじゃなくて、むしろ、嬉しすぎて動けないのだ。ちょっと今、俺の中で何かが弾けそうだけどそれを必死に堪えようと頑張っているところだったから。
立向居のお国の言葉はちょっとよくわからなかったけど、端々を繋いで、少し俺的希望を混ぜて要約するとつまり、




「っ…ばっか…ヤロオオオオ!!!!」
「!?」




やっぱり堪え切れなくて俺は立向居に抱きついた。




「俺がッ誰にでもッこんなことすっとッ思ってるような奴ッは、だなアァッ!」




こうだアアアアア!!!




「えっ…もふっ…!あああつなっ、綱海さんっああ!ぴ、ピンク…!」
「どりィィィイイヤッ!!」
「ピンクの…ピンクが…、もふっとしてごわごわ…!」
「練習後はもぉぉぉ〜っとごわごわだアアアア!!このッ……おませさん!!!」





要約するとつまり、「他の女と同じ扱いしないで!」





どう考えても、ヤキ、モチ!





…とまあ、気付いた俺はここで限界を超えて、雷門へ帰る途中、道路の真ん中なのもかまわず立向居をおもいっきり抱きしめた。だけど立向居は意地を張ってなんとか顔を反らそうと横を向いた。耳が赤い。むりやり正面を向かせて顔を覗き込むと、やっぱり顔も真っ赤でちょっと涙の浮いてる目が俺を睨む。しかしそんなの全然怖くない。だめだもうかわいすぎる。かわいすぎてちゅーしそう。
てか、した。



「なっに、を…!」
「ウンゴメンネ心配かけて!」
「べっべべべべつに心配なんかしてません!!」
「まァたまたァ〜嘘吐くともっかいすんぜえ〜!」
「う、うそじゃな、」



い、の言葉を飲み込んだ。たぶん次にくるのは外でとかこんな所でとかそんなところだろうからそれも飲み込んでしまえ。
トントンと立向居は俺の胸を叩くが、ながいながいキスにとうとう観念したのか、おずおずと俺の背に腕を回した。なにこのかわいい生き物はよ!俺は心の中で盛大にニヤニヤしながら、俺が来る前に話してた女の子が、実は訳あって女装した(といってもカツラ被っただけだけど)、一之瀬であったことを心の引き出しにそっとしまった。
とりあえずあとで一之瀬にお礼言っとこう、そう思いながら俺は立向居がいよいよ泣き出すまで腕の中から放さなかった。









わからないと思って油断











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「あなたはいつもなんでもない風にすぐくっついてくるけど、俺はそれが嫌なんです。他の人と一緒にしないでください」

と、言っております。(私的希望)
博多弁、間違っていたらすみません…
一之瀬くんが何故カツラを被っていたのかは、他の話でかけたらいいなって思ってます。





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