02


照美が出て行くと、まず、衣類が減った。しかしゴミと食玩はそのままだった。それを南雲はほぼ一週間かけて片付けた。寮生が来るギリギリだった。
「うわ〜だいぶスッキリしたね」
「前はゴミだめに咲く一厘の花(笑)状態だったのにね」
「文字で笑うな。なんでオマエ戻ってきてんだよ」
「なんでって…そりゃあ今日来るって言うから、新しい子」
照美が趣味で集めていた食玩は結局どうしたらいいかわからず、部屋の隅にまとめて置いてあった。すごい数だった。捨てていいかと照美にお伺いを立てていたから、掃除は一週間もかかったのだった。返事はノーだった。
「俺まで押しかけちゃって、ごめんね」問答無用で部屋に入り込む二人の影から、緑川が申し訳なさそうに顔を出した。
「それから、もしかしたら大夢もくるかも・・・」
南雲は返事ができなかった。「もうなんでもいいぜ・・・」遠い目をしたが、緑川はそれほど気にせず、勝手に窓を開けた。「ホコリっぽい」
基山と照美は姑のように戸棚や流し台の上を指でなぞったり戸棚を開けたりしながら奥へ進む。
「相変わらず狭いね!」
「人数考えろよ!どこの部屋も作りはいっしょだろ」
「たぶん、無駄な暖色のせいだと思うよ。赤は膨張色なんだってさ」基山は横目で南雲を見た。
「さすが基山くんは物知りだね!」
「オマエ鏡で自分の髪の毛見てこいよ」
六畳一間にゆったりと座り込む二人を南雲は見ないことにして、ドアの前に佇む。小さなちゃぶ台の上には、早速勝手に漁られた雑誌類が散らばっていた。
「ねえ」窓の外を見ていた緑川が言った。「そろそろ時間じゃないのか」
「「「あ〜〜」」」
だらだらと四人はロビーに向かった。階段を下りると、監督生の砂木沼が待っていた。「来たな」仁王立ちをして、RPGに出てきそうな風格だった。緑川に隠れて、基山がちょっと噴出していた。
「今日からここの寮生になる。涼野風介だ」
「コンニチハ」玄関先でお辞儀をしている白い頭が見えた。小さく「パンク?」と照美が言った。それを聞いた緑川はなんともいえない気持ちになったが、持ち前の演技力でカバーした。
涼野は顔を上げるとそのまま、静かに南雲を見た。南雲は面食らった。「おう、」無言で見詰められて、よくわからない返事をした。その際、照美に脇を小突かれ、たたらを踏んでいる間に、颯爽と照美と涼野は握手を交わした。「はじめまして〜」「よろしく」口々に挨拶をしている。涼野は戸惑いながらも、一人一人に律儀に挨拶を返し、握手を交わしていた。南雲は完全に出遅れた。
「・・・みんな、変な髪の色だな・・・」
南雲は激しく咽た。照美が笑いながら涼野の髪を撫でた。
「やだな、君もじゅうぶん変だよ〜」
「そうか」涼野はわずかに頬を緩めた。
「ま、とりあえず部屋行こうよ」緑川が言い、涼野が頷き、他の面々も後に続く。正面玄関のロビーからは、そのまま吹き抜けに各階へ階段が伸びていて、わかりやすい造りになっていた。そのぶん、音もよく響いてしまうので、共同の正面玄関への長居はタブーなのだった。
真顔でスーツケースを転がしながら土足で上がりこんだので、早速砂木沼にきつく言われていたが、涼野は首を傾げるだけだった。「なんかすげえな」緑川が呟いた。南雲は不安を覚えた。
「ここが今日から君の住むところだよ」
「それっぽく言ってるけど、俺も住んでるからな」
威勢よく基山はドアを開けて、涼野を中に入るよう促した。南雲の声は無視された。涼野は恐る恐る中に入り、「狭いな」とだけ、ポツリと言った。
「そ〜、狭いし暑苦しいし、まああんましいい物件とはいえないんだけどさあ、」
「いちおうここ仮にも寮だしさ、そこらへんはカンベンしてよね。それからトイレと風呂と食事は共同」
基山は寮生長らしく、寮の大まかな設備とあってないような規則をだらだらと言った。しかし最終的には「あとはこの紙よんで、テキトーにブラブラして覚えて」ですました。「わからないことがあればそこのチューリップ頭が教えるからさ」そう言って、南雲を顎でしゃくった。
「でもね〜ホントに荷物それだけ?」
「ああ、もともとあんまり私物、持ってないんだ」皆がなんとなく気になっていたことを、さらりと照美が尋ねた。涼野の持ち物は黒いスーツケースのみで、寮に最低限のものはあらかじめ揃っているにしても少なすぎる。宅配で手配しているのか、と誰ともなく訊くと、涼野は首を横に振った。「これだけだ。必要なら、後から買う」
「ふうん、」照美が涼野を一瞥した。
「最低限必要なものは、大体あるからダイジョーブだとは思うけど、」言いしな、迷いなくタンスの上から二段目、左側の奥をあさる。衣類が掻き分けられていく中、南雲が目に見えて狼狽した時には遅かった。
「こういうモノは自分でどうにかしてね」
「なんで知ってんだよ!返せよ!」
「フウン・・・君こーゆーのが好みなの」
衣類の奥からあらわれた、キツイピンクの文字で『爆乳天国』と書かれた雑誌を取り上げて基山が呟いた。いわゆる健全な男子ならばお世話になるであろうそれである。照美が雑誌を広げると、後ろから照美と緑川と、大夢が覗き込んだ。「あれ、大夢いたの」
「ちょっと前に。ドア開けっ放しで騒ぐなよな〜一階まで聞こえたぞ。あ、俺この子好きかも」
「え〜俺この子かな。だからっていきなり沸くなよ〜ニンジャの末裔?」
「ニンジャって。戦国伊賀島のヤツらじゃないし」
「二人ともこんなのがいいの?僕は好みじゃないな〜そもそも趣向が合わないね、こんな丸出しで・・・やっぱり恥らってこそだと思うんだよね。大きすぎるのも現実的じゃないし」
「おお〜さすが照美さん、深いっすね」
「そしてすがすがしいまでのムッツリかつマニアック!」
南雲はほとんど放心して、休み時間によく見られる光景を見ていた。涼野は一人で後ろの戸棚を開けたり閉めたりしている。幸いにも、雑誌への興味は微塵もないようだった。
「とにかく晴矢!!」基山は雑誌を乱暴に閉じて言った。「コレは没収だよ!」
南雲が非難の声を上げようとしたとき、タイミングよく放送が廊下から聞こえた。「あ、寮生会議だ」面倒くさそうに基山は息を吐いた。
「じゃあ俺はもう行くから。あとはテキトーにやってね」
基山が書類をまたちゃぶ台に無造作に置き、部屋を出ると、照美も後を追って出て行った。「ねえそれ、あとで僕にも回してよ」
「なんだ結局気に入ってんじゃねーかよ」
「晴矢、そこじゃないと思うよ」緑川が冷静に言った。
「なんか俺何しに来たかわかんなくなっちったな〜リュウジ、サッカー行こうぜ」
雑誌がなくなった途端興味のうせた大夢が緑川にボールを投げた。どこに持っていたのか涼野を除く二人は疑問に思ったが、流した。
「いいよ〜」ボールを受け取った緑川が頷いた。
「よっし、じゃあ裏庭で!」
バタバタと足音を立てながら二人が出て行く。きっと下の階にいる砂木沼さんにまで聞こえているはずだった。ドアから顔を出して、緑川が「落ち着いたら二人もどう?」と言った。
「行きたい」南雲より先に、涼野が即答した。南雲は驚いて瞬きを数回。
満足げに緑川が笑って、ドアを閉めた。嵐が過ぎ去ったように、急に静かになった。
「なんだ、サッカー好きなのか」
「まあ、」南雲が思わず尋ねると、涼野は歯切れの悪い返事をしながら無表情で頷く。初めての会話だった。「それより、彼らは普段からあんなカンジなのか」
南雲は頬をかきながら答えた。
「ザンネンだけどそーだ。うるせーだろ」
「いや、楽しい」涼野の顔がほころぶ。南雲は再度、瞬きを数回した。
「そ、そーかよ。よかったな」
「ああ。ところで君は、胸の大きい女が好きなのか」
「まあ・・・」南雲も歯切れの悪い返事をした。「そう・・・」





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