※怪盗×警察
コレのシリーズ
単体でも読めます







奴は悔しいことに、赤が途方もなく似合う悪党だった。








俺は冷たい石の床にへたり込みながら、忌々しげに目の前を見つめた。
そこには同じく触ったら冷たそうな鉄の格子が伸びている。いわゆる牢屋に俺は今、閉じ込められている。
あろうことか、小憎たらしい悪党と一緒に。



そいつは今日も、予告どおりの零時きっかりに、月を背負って現れた。
今日は珍しく満月ではなかった。予告は決まって満月の夜を狙っていたので、俺は眉を寄せたが、周りは気にもせず予定の打ち合わせが行われた。
今回のターゲットは、海沿いの豪邸だった。断崖絶壁にそびえる古い建物は、おそらく奴のシュミにはぴったりくるのだろうな、と俺は思った。しかもこの豪邸の持ち主は、俺たち警察の間でも悪評の絶えない人物だった。奴は悪党だけれども、義賊だ。だからなんとなく察しがついていた。俺と奴には、それだけの戦いの歴史と因縁があるのだった。
怪盗と警察、という小説でもお決まりの図式で、俺たちは平行線を走っていた。

「今回の布石は何?」
「お前が月をバックに華麗に空を飛んだとき」
「に、ここに引き摺り下ろす算段だったって?」

俺と同じように隣に腰を下ろす悪党は、声色も変えずにたずねた。きっとお見通しだったのだろうと思う。だから俺は無言という返事をした。肯定はしなかった。
無茶をしたとは思っている。俺はわが身一つで、颯爽と飛び去ろうとした奴に向かっていった。何しろ俺はまだ警官になってからそこまでの年月を経ていなかった。昔、教官に君は無鉄砲がすぎると窘められたことが身にしみた。

「とりあえず、これは作戦通りなのかい」

違った。
確かにコイツとは何度も対峙しているが、俺は立場で言えばまだ若輩ということもあってか、作戦はざっくりとしか伝えられていない。ここの屋敷のことも、被害者――ここの主のことも。
よくない噂がある。それだけだった。



奴に飛び掛った拍子に、二人でバランスが崩れたところを縄が飛んできた。縛り付けられながら地面を見ると大柄の男がやってきている。他の警備の仲間だろうか、と考えているうちに、地面に転がされた。とっさに奴の腕が俺の頭をかばった。
仲間ではなかった。当然、単独行動の怪盗の仲間でもなかった。下卑た笑いだけが聞こえた。少し頭を打ったのかもしれなかった。そこへこの豪邸の主がやってきた。

「なぜ、」

彼は混乱している俺を冷笑し、目配せをして横の男に俺たちを縛り上げるよう命じた。

「余計なものが釣れた。でもまあ――セットというのも面白いかもしれないな、なあ、コソドロ。随分嗅ぎまわってくれた」
「ふ、まあね。本当ならわざわざ出向く価値もないよ。この人買い」

俺は目を見張った。
人買い?人買いだって?

「なんとでも。世を賑わす君だから、きっと高価く売れる。盗みに入ってくれて感謝しているよ、綺麗な髪の色と一緒にね」

そんなようなテンプレ台詞をひとしきり吐いて、男たちが近づく。鈍い痛み。
俺はおぼろげな意識の中で、抱きしめられるのを感じた。
そして目が覚めたとき、冷たい石の牢にいた。



しかし俺は自分の失態を話すことができず、ただ黙りこくっていた。それを彼はどうとったのかわからないが、ため息と共に言った。

「わかったろ、ここはそういうとこなんだよ」
「よくない噂があることは、聞いてた」
「なら尚更、なんでここまで突っ込んでくるのかな?こんな面倒なことに巻き込まれちゃったんだよ、それこそ刑事君の管轄外のところにさ」
「なんだよそれ。十分俺たちの管轄だろ」
「奴は君の上司と提携していた」

俺は小さく息を吐いた。

「なんだって」

話しながら、彼は身じろいだ。肘の辺りがきらめく。

「こっちに寄って」

俺は一瞬躊躇し、それから彼ににじり寄った。小型のナイフが俺の手首にまかれたロープを切った。

「・・・こんなモン常備してんのかよ。おっかないな」
「今回はね。まさか登場することになるとは思わなかったけど…どこか痛むかい」

俺はきまりが悪くなり、舌打ちをしてから平気だと返した。本当は少し、手首と肩が痛むが、黙っていた。

「本当になんともないの?」
「しつこいな。大丈夫だよ。イケてる怪盗様と違って繊細にはできておりませんので」
「俺は若い警官君の将来を案じているんだよ――緑川に、怪我されたくないからね」
「ハア?そういうお気遣いは結構。精々お前は自分の心配をしてろ」

そう返してから、気づいた。
これは、実はチャンスなのではないか?と。
今、警察が捕まえようと躍起になっている怪盗が、文字通りお縄になっている。ここで今、救援を呼べば、俺と奴の追いかけっこは終幕、めでたしめでたしなんじゃないのか?
そう思ったとたん、自分のナイスアイディアに胸が締め付けられた。それって、おかしくないか。
ずっと追いかけてきた、ここで王手をかけることになぜ戸惑っているのだろう。

「俺は捕まらないよ」

俺の思考を読んだかのように彼は言い、俺の目の前で自分のロープを切った。
「仕込みナイフは実は手首にもうひとつ。古典的でよかったよね、縄も、牢屋も」
唖然とする俺をよそに、彼は立ち上がって高いところにある窓の枠に小さな鈎針を投げた。月光に反射するのは、ピアノ線かもしれない。彼がどんな細工をしたのかわからないが、窓が簡単に開いて、俺は思わず賞嘆した。それから、

「それから、俺はヒロト、っていう名前があるんだ、知ってた?」

こちらを向いて綺麗に笑った。
俺は悔しくて、知っている、と返すことができなかった。代わりに、キザ野郎、とだけ小さく言った。

「さて、レールは完璧。あとは警官君の手助けがいるんだけど」

苦笑しながら、ヒロトが俺に近づいた。俺は思わず後ずさる。
けれど狭い牢では簡単に距離をつめられて、目と鼻の先に彼の顔が近づく。緑色の瞳が、月光に当たって綺麗だ、とぼんやり思う。

「緑川が一緒じゃないとだめなんだよね、」

奴はずるい。俺は瞬きができずにただ見つめた。赤い髪が場違いに光っている。そういえば、あの男もこの髪を褒めていた。悔しいけど、俺もそう思う。ヒロトは、造形美がすぎる。
黙っていると、するりと手首に彼の指が回っていた。白く長い指がロープで縛り上げられたときの鬱血した跡を慈しむように辿る。なんだか触れられた部分が、今更が熱くなる気がした。いやいやいやいや、おかしいだろ!こんな状況で!

「やっぱり怪我してたんじゃないか…」

囁くように言うな馬鹿!やっぱりというかなんというか、ヒロトにはお見通しだったのだ。くそ、と胸のうちで悪態をつき、俺は奴の手首と足を払い、投げた。もちろん奴は受身もしっかり取れいてたが、それを見越してかけた背負い投げだったし、
その際、奴の間抜けな声が聞こえたので俺はすっかり機嫌がよくなって、いいだろう、と鼻を鳴らして彼の提案を飲むことにした。





なんとか牢を抜けて、俺たちは並んで屋根を伝い、建物の屋上へとやってきた。目の前を翻るスーツを眺めながら、俺は何をしているんだろうと思った。捕まえる、ということをすっかり忘れていた。俺はどこまで間抜けなら気が済むんだ。
でも、原因が俺にあることと、助けられたこともあって、捕まえるのははばかられた。これは誇りとプライドの問題だ。・・・あと、少しだけの意地。
すると突然、ヒロトは足を止めた。俺も距離をとりながら立ち止まる。

「今日は俺の負けかな」

ヒロトが振り返る。月明かりがいっぱいに差し込む広い屋上だった。俺とヒロトの間に、屋根の上の彫刻の影が横たわる。マリア像の拝む姿の影に似ていた。何かの境界線のようだ、と思う。

「俺は予告したものを盗めなかったから、今日は警官君の白星にしてあげるよ」

俺はムッとした。

「そんなことして俺が喜ぶと思ってんのか」

「…実を言うと、思ってない。でも君の高性能な小型無線機が今頃あの牢で喚いているだろうから、ここのことは放っておいてもじきバレる。だから君の手柄」
俺はとっさに襟ぐりを探った。ない。まさかあの接近したときに盗られてたのか。俺の目はせわしなく自分とヒロトを行ったり来たりした。情けないことこの上なかった。

「それから、失敗はもうひとつ。――緑川を傷つけた」

ヒロトが俯く。影が落ちた顔からは表情が読めなかった。ただなんとなく、彼は今、泣きそうなんじゃないか、と思った。なぜかはわからない。
なんと返事をしたら良いのか、わからなかった。

「・・・上司と提携してるってのはどうなんだ。それは俺たちの落ち度じゃないじゃないか」
「ああ、あれは嘘。君が無茶しないように」

俺の頭に疑問符が浮かぶ。確かに俺は痩せ型だし頼りないかもしれないが、守られるような存在じゃない。でも、確かに節々で、俺は彼に守られていた。俺は逡巡する。

「・・・手首の傷のことか?そんなの、ちょうどいい証拠になるだろ。むしろ好都合だよ」
「俺はよくない」

そう軽く笑ってみせると、ヒロトは一瞬きつい顔で俺を見た。俺はひるむ。あの男に汚い言葉を吐いた彼と重なり、そして、不覚にもときめいた。・・・ときめいた?嘘だろ。

「だから俺は俺なりの布石をつくる」

そう高らかに言うと、彼は俺に向かって何かを投げた。それが俺の手の上に載るや否や、白い鳩が一斉に飛んでいき、羽と共に大きな花束が残っていた。白いゆり、カスミソウ、などなど、白い花束が月明かりに揺れている。俺は首を振って、瞬きを何度かしたあと、彼を見た。


「またね」


キザったらしく手を振って、軽くステップを踏むと、彼は月明かりに消えていく。満月の一、二歩手前のくらいの月だった。彼はいつも満月の日の夜を舞台にする。でも今日は違っていた。その理由をようやく理解した俺は、一人なんともいえない気持ちで、顔を真っ赤に燃やしたのだった。



















懲りずに続編
もうちょっと続く(といいな)



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