怪盗×警察








「今日こそは逃がさないぞ!」

俺はカーテンを力いっぱい引いた。月明かりが差し込む。大きな月を背景にして、器用に手すりに佇む影をにらんだ。影の主は、微笑むように目を細めて、こちらへ振り返る。

「そのセリフ、今日で何回目?」
「そんなもん知るか!」
「残念、今日で九十八回目だよ。」
「さらにどうでもいいわ!」

黒いタキシードが月光に光る。いつでも余裕綽々、ゆったりと落ち着いたようにこちらを見下ろす、それがすごく腹立たしい。カツ、と走り始めたコソドロを俺も慌てて追いかける。

長い平行線のベランダは映画のセットみたいに白く続いている。
巷を賑わせている怪盗――ヒロトが選ぶ舞台は、いつもそうだ。

「だめだよ、愛する俺との逢瀬はしっかり覚えておかなくちゃ。でも今夜はもうお別れかあ、さびしいね」
「馬鹿か!逃がさないからな!」
「あはは、九十九回目だ。またね、愛しの警部殿」

彼はトレードマークのシルクハットを払い、こちらへ寄越した。思わず受け取ってしまうと、白煙が辺りに広がった。しまった、逃げられた!
げほげほと咽ながら手で煙を払うと、俺の握りこぶしの中に、白い手紙が入っていた。


――百回目の記念日に返してね


「〜〜あのキザ野郎・・・・・・っ!チクショー!覚えてろ!!」

そして俺は九十九回目の遠吠えをしたのだった。









それがなぜ、こんなことになっているのか。

「全く予想外だったね」
「・・・・・・」
「まさか、警部ともあろうお方が足を滑らせてあわや転落、なんて流石の俺も考えつかなかったよ」

俺は言い返す言葉もなく頭を抱えて項垂れる。ここは深い堀の中だ。今夜、奴が盗みを宣告していた城の家主が意気揚々と用意した仕掛け罠に、宿敵同士が仲良く肩を並べてはまっているのだった。しかも実際は、俺のドジに巻き込まれた結果、こうなっている。全くとんだ失態だ。ここの場所だって、はじめから知っていたはずなのに。つい夢中になってしまったなんて、恥ずかしくて死にそうだ。
警部の俺と、怪盗のヒロトの追いかけっこは、俺が下っ端の警官だったときからずっと続いている。俺が警官になって間もないころ、突然ヒロトは現れた。シルクハットに白い手紙で予告状を入れて現れた黒い怪盗は、それから直ぐに話題になり、今では専門の機関すらできているほどだ。奴はいわゆる義賊で、警察側もあまり乗り気ではないので、その機関は「厄介払い」と呼ばれている。そこで誰よりも遭遇頻度が高いという理由から俺が隊長のような存在になり、因縁の対決を繰り返している。
今日はその、記念すべき十回目にあたる。

「裏をかこうとしたんだろうけど、確かにこれは奇策だね」
「・・・・・・別にそんなんじゃないよ」
「じゃあ何?もしかして、愛する俺を捕まえることに夢中になって他がおろそかになったとか?」

俺は返事を返せなかった。

「えっ・・・もしかして、図星?」
「・・・・・・そうだよ、夢中になってたよ」

薄暗い中、ヒロトはわずかに目を見開いた。
頼りなのは月の光のみだ。今日が晴れの日の夜でよかった。ヒロトが予告する日は、いつも決まって月が大きい夜だったから。昔から俺は、なぜか暗いと心細くなってしまってうまく動くことができないのだ。
それにしても、あまり光が届かない。ちくしょう、あの成金め、よりによってこんなに深く掘りやがって。細長く続く堀は、やっぱり平行線で、なんだか面白くなった。

「でもそういうオマエこそ、なんで俺なんか助けたんだよ」

堀にヒロトを追い込む。そういう手筈の作戦だった。いよいよ、というところで泥濘に足を取られた俺を引き上げようとして、一緒に落ちてしまったのだった。

「決まってるだろ、愛しの警部殿に怪我をされてほしくなかったからだよ」
「あーハイハイ。それはもういいから」
「本当だよ」
「言いたくないんだろ、もういいよ。わかったから」
「だから、本当だよ」
「どうだか。ドロボウの言葉なんて信用できないし」

俺がそっぽを向きながら言うと、彼は何かを言いかけてやめた。
ヒロトは昔からそうだ。軽口で「愛しの」とか「愛する」とかを平然と言ってのける。おかげでメディアには「愛の対決」とかわけのわからない煽り文句をつけられるし、同僚からはヒロトを「愛人」と呼ぶ、愛称まで生まれているのだ。
でも今は、はっきり言ってその軽口がありがたかった。俺は暗闇が得意ではない。いっぱしの警官が情けない話だが、怖くなってしまうのだ。一人じゃなくてよかった。

「うわっ」
「・・・やっぱり、震えてる」

突然、後ろから肩を抱きこまれた。直ぐ近くにヒロトの顔がある。見飽きたはずの瞳が、俺の誕生日以来の大接近で俺を映す。
ちくしょう、やっぱりイケメンだな。
今ならキス、できそう。

「・・・し、すごいドキドキいってるよ?」
「おい・・・・・・っ、わーっ!」
「あはは、全然色気ゼロ」
「あってたまるか!」

ヒロトの手が下に伸びて、胸をさする。俺が大声を上げてその手をつかむと、握りなおされた。近い、近すぎる。

「ね、ここから出たいでしょ?」

俺は黙ったまま頷いた。正直早く離れてほしくて、それでいっぱいいっぱいだった。心臓がすごいことになってるのも、顔が馬鹿みたいに熱いこともとっくに知っていた。ヒロトと対峙したときはいつも決まってそうだからだ。でもその高揚感とは、どこか違うような気がする。俺は一体、どうなってしまったんだ。

「じゃあさ、少し協力してくれない?無線は使えるんでしょ?」
「――あっ」
「これ、貸してね」

俺の返事を待たずに、腰につけていた無線機を奪われた。
ヒロトが俺の声まねをして、無線機を使うのを眺めながら、今日の追いかけっこが終わっちゃうんだな、とぼんやり思う。俺はなぜ、無線機を使おうとしなかったんだろう。その理由を、彼なら知っているのだろうか。

「よし。じゃ、俺はこれで」
「ま、待てよ」
「なに?」

颯爽と立ち上がった背中に向けて、俺はにらんだ。ヒロトが振り返る。握った手のひらが、汗をかいているのがわかった。ヒロトの予告状みたいに、次をほしがっているのは、俺もきっと同じだったんだ。

「お、お礼に今日は見逃してやるからな!勘違いするなよ!」
「――全く、」

ふわ、と風が降りてきて、唇に柔らかい感触があたる。

「イチイチかわいいことしないでよね。こっちがもたないよ」
「〜〜?!〜〜!?!?」
「お礼はコレでいいよ」

至近距離でヒロトが笑う。

「緑川が、怪我しないでよかった」

俺は瞬きをする。

「――ヒ、」

俺が何かを言いかけた途端、白煙が辺りを覆う。今日もラストはこれかよ!咽ながら、俺は煙の向こうの影に向かって吼えた。

「次こそ逃がさないからな!」
「百回目だね」

影が小さく笑った。




















n番煎じ
続く(といいな)



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