リュウジは不思議な子供だった。表情も、感情もないのに、確かに希望を持ってそこにいた。ヒロトより更に制約された生活の中で、それでも真っ直ぐな彼にヒロトは惹かれた。そして、リュウジのために必死に宇宙の勉強をした。リュウジが少しでも感情を見せてくれるよう、いろんなことをたくさん話した。たくさん笑った。いつしかそれは、ヒロトにとっての「きぼう」にもなっていた。

だが、それは体には関係がなかった。無理がたたったヒロトは倒れてしまった。何日も、死のふちを彷徨った。それでも、ヒロトは目を覚ました。「きぼう」が瞼の奥に見えたから。奇跡だと医者は言った。
しかし、ヒロトが目を覚ますと、リュウジはそこにはいなかった。
数日後姉に連れられて、病院の地下室で死んだように眠るリュウジと再会して、その時ヒロトは初めて、泣いた。



「俺はずっと、自分がプログラマーとか、そういう人だったらいいのに、って思ってた」
「それで本当に工学系の大学に行っちゃうんだもんなあ」
「リュウジを早く起こしたかったんだ。起こして、話がしたかった」
「・・・うん」
「でも、俺がやるべきことは違うんだとすぐに気付いた」
「宇宙科学、だっけ」
「そう。・・・いつかの約束、覚えてる?」
ヒロトがリュウジの瞳を見つめながら問うと、リュウジは困ったように笑いながら、言った。
「・・・もちろん」



リュウジが倒れた理由は、リュウジを支配しているプログラムに異常が発生したからだ、と研究員は言った。途中経過はよかった。順調に人工知能も発達していた――はずだった、と。
回復にどれほどかかるのかとヒロトが問うても、困ったように笑うだけだった。



「一番怖かったのは、目が覚めたリュウジが別人になっていないかってことだった」
ヒロトは目を伏せた。いまだに指は絡めたまま、ヒロトのそれより一回り小さい手が撫ぜた。
「俺だって、怖かったさ。でも怖がっちゃいけないことだったんだ、それは」
ヒロトは、それでも「きぼう」信じて必死に勉強をした。宇宙科学の研究者になるため、いつか宇宙へ近づくために。
たとえリュウジが人でなくとも、いつか二人で宇宙へ行こう。だって自分もかつてはロボットだったのだから。それをリュウジが人間にしてくれた。
「俺はバグプログラムだから、実用化はできないって。だから自由なんだ」
「バグ?」
「本当なら、全部リセットされるはずだったんだよ」
でも、そうならなかった。
「胸の痛みも、残っちゃったんだ」
ヒロトのせいだよ、リュウジは明るく言って、笑ってみせた。ヒロトは瞬きを何度も、何度もした。泣きそうだ、と思った。でも必死に耐えた。泣くときは、二人で宇宙に行ってからにしようと、ずっと決めていたから。
「いったい何年、経ったんだっけ」
「・・・三年だよ」
「三年、か」
「時間にすると、約26280時間」
「色々あった?」
「色々あった。中学を卒業して、高校を卒業して、大学に入った」
そして、大学生になった日、リュウジが目を覚ましたんだ。
「俺だって、三年間ただ寝てたわけじゃないぜ」
「そうだね、こんなにベラベラしゃべるようになっててビックリした」
「そうじゃないよ」
リュウジは、真っ直ぐヒロトを見た。黒々とした瞳は、それでもどこからか光を通して輝いている。綺麗だ、とヒロトは思った。
「もうそろそろ、すべての検査が終わるんだ。――ヒロト、一緒に外へ行けるよ」
ヒロトの瞳が揺れた。
「宇宙にも、いけるんだよ」
リュウジは、ヒロトの手を取った。手のひらが重なる。
ヒロトは言葉を作ることができず、ただ、黙っていた。
「ヒロトが俺にたくさん会いにきて、話をしてくれただろ。あれが、俺にとっていい成長のデータになった。ただ、俺には容量が足りなくて・・・結果、三年も眠っちゃったけど。でも、それもあと少し」
まるで初めて月に行ったときの、コンピュータみたいにさ。
「それは、本当?」
「うん。・・・・・・なんだよヒロト、急に無口になっちゃってさ」
「ちょっと・・・フリーズしちゃったみたいだ」
でももう、大丈夫。ヒロトはリュウジの手に指を絡ませて、握った。
「待たせちゃってごめん」
「俺こそ、助けになれなくてごめん」
「いいんだよ、別に・・・俺を助けるのはあそこのゴツい機械の仕事。どこに人間に助けられる人工知能があるんだって」
そういって、リュウジは小さく苦笑をもらした。ヒロトは、本当に成長したんだな、と思う。いつの間に、こんなに繊細な笑い方をすることができるようになったのだろう。昔は、三年前は、にこりともせず、表情も、言葉も、わずかに搾り出したものだけだったのに。
午後の明るい光が、窓から差し込んでいた。白い病院の個室いっぱいに降り注ぐ。光を受けて、エメラルドの髪が輝いている。材質のわからないそれは、きっと宝石からできているに違いない、とヒロトは思った。
初めてドアを開けた、白い光の中でみたときのまま。こちらを振り返ったときの真っ直ぐな瞳で、ヒロトを見下ろしている。あの日と、変わらないままのリュウジの姿。
「これからは、俺が待つよ。だから、」





「宇宙へ行こう、二人で」











そのことばが、ずっとききたかったよ









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