※濃い?
涼野風介は全く可愛くない。
そう言ったら、「男なんだから当たり前だろう」なんて返されてさらにむかつく。
「それが可愛くねえんだよ」
「なんだ君、私に可愛くなってもらいたいのか」
抑揚の全くない返事が返ってくる。二人で向かい合ったテーブルの向こうで、風介はみかんを剥いている。白い血管みたいな、みかんのすじまで綺麗に剥かないと気が済まないのだと奴は言い、それから半刻はみかんを弄っている。
正直、ちょっと引いた。
「もうそのくらいでいいんじゃねぇの」
「まだ。ここの…細かいのが…」
こちらを見向きもせず、もうほとんどわからないゴミみたいなところまで風介は剥いている。ずっと見ていると、呆れを通り越してなんだかイライラしてきた。すごい焦れったい。自分でいうのも何だが、俺は割と短気なほうだ。それでもずいぶん、頑張ってただ見守っていたと思う。
同じ部分ばかり弄っている風介から目を離し、俺は頬杖をついてそっぽを向いた。
「君は本当に短気だな」
すると今度は風介が顔を上げてこちらを見た。呆れたような、人を小馬鹿にしたような顔をしている。この野郎…と俺は思ったが、ここはなんとか堪えた。
「違ぇよ」
「……貧乏ゆすり」
うるさい、と言外に言われ、さすがの俺も我慢ならなくなった。
「お前な……!」
「ホラ」
立ち上がりかけた俺の目の前に、差し出されたのは一房のみかん。
俺は突然の展開について行けず、ただ黙って風介の手の平を見詰めた。
「親子だぞ」
なるほど、よくみればそのみかんは大きい方に小さいみかんがくっついていた。白いすじは見事に剥がされて、なんだか綺麗、というよりは滑稽に見えた。ツルツルというか、むしろつんつるてん、だ。あんな長い間弄ってたんだ、体温が移ってきっと生温いんだろうな…なんて思っていると、風介が焦れたように手をさらに前へ突き出した。
「…くれんの?これ」
風介は黙って頷く。
何となく、残ったみかんを見ると、いかに親子みかんに時間と手間がかかっていたのか、その差は歴然としていた。
はっとして風介に視線を戻すと、表情こそいつもの涼しげ、というか何考えてんだかわからないような顔だが、なるほど、耳元が赤く染まっていた。
「なんだ、可愛いとこもあるんだな」
「何を……ごちゃごちゃ言ってないでさっととったらどうだ!」
「なに怒ってんだよ」
「……別に、」
俺が風介の手の平ごと掴むと、あからさまにビクリと手が震えた。緊張しているのだろう、手が冷たい。
そのまま顔を近づけて、指を軽く食んだ。
「…冷て」
「…馬鹿か、きみ」
「馬鹿かも…」
笑ってみせ、中指の腹を舌先で舐めた。困ったように風介は眉を寄せ、目を伏せる。いつの間にか頬まで赤くなっていた。ため息のように降ってくる呼吸はひどく熱っぽく、それが俺を調子に乗らせる。
そのまま、手の平の中心まで伝い、みかんを口に入れようとすると、頭を軽く叩かれた。
「イテ」
「…親から先に食べて」
「…なんで?」
答えはおおよそ見当がついている。
何故風介が、ここまで親子みかんに執着しているのかも。
「それは私たちだから、……なんて」
空いた片手で、親子みかんを引き離し、目を細めて風介はくつくつと笑う。
さも可笑しそうに。
「……なるほど」
俺はその二つを一気に口に含み、そのまま、奴の口を塞いだ。
「むっ…!」
「そっちがお前な」
そしてみかんを押し込んだ。
信じられない、とでもいいたげに眉を吊り上げる風介を見ながら、口の中でみかんを転がす。高揚感が俺を満たす。生温いのは、奴の舌に触れたせい。風介の、体温が移ったせい。
「…すっぱい」
しばらく黙ってみかんを咀嚼していると、風介がぼそっと呟いた。
「すっぱいよ、晴矢」
その言葉に、俺は硬直してしまう。
うっかり舌を噛んでしまい、しばらく悶絶するはめになってしまった。
そんな俺を無視して、風介はさも嫌そうに眉を寄せながら、温い、と文句を言って席に座り直した。一見するとポーカーフェイスだが、しかし耳元はしっかり赤くなっているのを俺は知っている。全く滑稽で、判りづらい奴だと思う。
風介は、残りのみかんに手を伸ばした。またあの退屈なすじとりが始まるのだ。そう思うとうんざりだが、もうしばらくは付き合ってやろう。
「なにニヤニヤしてるんだ、気持ち悪い奴だな」
……やっぱりコイツは可愛いくないけど。
(ちょっと深読みすれば)激しく下ネタですみません……
親子みかんはなんだか特別な気がするね
私はみかんのすじは剥いちゃう
あそこが一番栄養あるのだけどね…