青年は、その白く重々しいドアの前に立っていた。病院の個室は、どこか重苦しい空気がして嫌だなあと、眉をひそめながら、ノブに手を掛ける。がらりと小さく音を立てて、少しだけ傾いたそれは、スライドして開かれた。
「やあ、調子はどうだい」
入ってすぐのベッドに彼は声を掛ける。大きな機械が返事をするようにごうと鳴いて、逆光の影が彼の方へ振り返った。青年は目を細める。不貞腐れたような顔と目が合った。
「・・・最悪なことに、最高だよ。ヒロト」
ヒロトと呼ばれた青年は、小さく笑う。
「リュウジのふくれっ面は相変わらずだね」
「こうも外がいい天気だと最悪な気分。しかもこういう日に限ってボディバランスは最高。最悪だ」
ベッドに腰掛ける少年、リュウジは忌々しげに大き目の出窓を見やる。白い光が差し込んで、雲ひとつない青空が切り取られている。ヒロトは苦笑をこぼしながら、ベッドの端に腰掛けた。重みでぎいとベッドが軋む。
「ヒロト、またでかくなったろ」
「そうかな?自分じゃわかんないなあ」
「いーや、なったね。あ〜あ・・・俺が寝てるうちに、ずいぶん抜かされちゃったなあ。俺だけ、置いていかれたみたい」
リュウジは、大げさに悲しむようなリアクションをとる。ヒロトはその様子を黙ったまま、見ていた。リュウジの姿は、出会った頃と何もかわらない。
「そうだね。もっと早く、起きて欲しかった」
「・・・そういうなよ。俺は、自分の意思じゃ寝たり起きたり、できないんだからさ」
「うん。・・・わかってる」
ヒロトは傍らの機械に触れた。






ヒロトは、ずっと体の弱い子供だった。いくつも病院を転々としたあと、ここの病院で最先端の治療を受けていた。しかし、ヒロトは自由の制約された生活で、薬と医者に頼って生きることに希望をもてないでいた。自分はただ、生かされてるだけのロボットなのだと思っていた。
そんな時、偶然リュウジを見つけた。


「ヒロト、最近病室を抜け出しているようだけど」
「姉さん」
ドアが開き、ヒロトの姉――瞳子がひとつにまとめた髪を解きながら近づいてくるのをただヒロトは見ていた。怒られるかもしれない、と思ってわずかに身構える。しかし、彼女はベッドを横切り、窓際の花瓶に手を伸ばした。丈の長い白衣が翻る。
「父さんは何も言わないけど、あまりよく思っていないわ」
「わかってるよ」
「――あなたに早くよくなって欲しいの」
僅かに眉を下げて、彼女は窓の外を見る。
「ねえ、リュウジって知ってる?」
ヒロトが問うと、彼女は目を見開いた。
「偶然会ったんだ。病院の奥で、一人でいた。すごい機械もたくさんあったし、俺よりずっと大変そうな病気なのかもしれない・・・」
言って、リュウジのことを思い出してヒロトの胸が痛む。白い光の差し込む広すぎる病室で、一人きりの彼のことを。
「・・・彼に会ったのね」
「やっぱり姉さんも知ってるの」
「・・・ええ」
瞳子はここの病院の看護士だ。昔、体の弱いヒロトのために看護士になると言ったことをヒロトは覚えている。それから、ここの病院へ移った折、真っ先にヒロトの病室を訪ねたのが彼女だった。
瞳子は深く息を吐いた。ヒロトへと振り返る。
「彼に誰かが会いに行っているっていうのは本当だったのね。――それがヒロト、あなただってことも」
ヒロトは瞬きをする。
「どういうこと?」
「そうね。私たちには教える義務があるわ。当然、あなたが協力する義務も」
「わからないよ、姉さん――協力って何?」
瞳子は目を伏せた。
「いらっしゃい」


ヒロトは瞳子の後を追った。白衣が目の前ではためく。廊下には二人分の足音がヒロトの不安な気持ちを表すように反響し、どこまでも続いていく気さえした。
「中に入って」
瞳子が振り返る。
「・・・リュウジの部屋?」
「そう。」
音もなく引き戸が開いて、ヒロトはあの日のことを思い出した。
病室は薄暗く、湿った空気が肌をなでる。相変わらず機械が重い音を立てて、視界が鈍いせいか、余計に不安をあおった。点滅するランプの脇を縫って、中央のベッドまで進む。
瞳子に促されるまま、ヒロトはベッドを覗き込む。
「・・・・・・リュウジ?」
ベッドを覆うガラスケースに額をぶつけながら、ヒロトはその中で眠るリュウジを見た。
「ええ。」
瞳子は小さく頷いた。
ケースの中のリュウジからは機械が伸びて、外の機械と繋がれていた。すぐ横にコンピュータが忙しなく動いている。その光景に、ヒロトは不安と、恐怖を感じた。
しかし何故か、目を離すことができなかった。
「・・・・・・彼――レーゼは、人ではないの」
ゆっくりと言う。ヒロトは驚かなかった。ただ、レーゼ、という響きを胸の中で反芻した。冷たい、と思った。
「・・・ロボット?」
「・・・そうね。そんな様なものかもしれないわ。私たちは、彼を早く大人にしてあげたいの」
「それで、こんなところに閉じ込めてるの」
ヒロトはガラスケースを視線でなぞる。ふちに緑色に光る文字を見つけた。ヒロトの脳内が白くなる。心臓が脈を打つ。
無性に泣いて、叫びたくなった。

――No.00

「ヒロトは、早く彼をここから出してあげたいと思う?」
「――うん」
声が震えた。
「じゃあ、協力してくれるかしら。彼に、たくさんのことを教えてほしいの」
「俺でいいのかな、」
「平気よ。あなたは知ってしまったの・・・だからどの道、もう戻れないわ」
エゴだ、と思う。ガラスケースの中の寝顔を眺めたままの背中を見て、そっと唇を噛む。ごめんなさい、と心の中で呟き、瞳子はそっとヒロトの肩に手を置いた。僅かに震えていた。
ヒロトはガラスケースから手を離し、拳を握った。
「俺、やるよ。――姉さん」













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