韓国代表入り後










「何してる」
「見りゃわかんだろ」


西日が差している。やや大きめの窓から、私の足元を照らして、僅かに光っている。オレンジ、きいろ、たまにゴールド。
でもその光は所詮空気中のチリや埃なんかで、ちっともロマンチックじゃない。
私に向かって晴矢が俯いている、この状況なんかも。

「そうじゃなくて、何で私にこんなことしてるのかって聞いてるんだ」

私はつむじに向かって再度言う。
晴矢は顔を上げず、返事すらしないでひたすら作業を続ける。私の手をとり、小さな刷毛で、私の爪に色をつけていく作業、なんかを。
私はもう何度も、おい、と声をかけている。が、相変わらず応えはない。仕方がないので、彼には全く持って、到底似合わない――繊細な作業を黙って見つめることにしたのだった。彼への非難の声がだんだん小さくなっていくのがわかった時点で、もうだいぶ、諦めていたのかもしれない。

細かな毛が、小さな爪を滑って色を残していく。下地に薄い水色、から、乾いた順番に先端を群青が占めていく。下地の薄い色と群青が綺麗につながったとき、晴矢は額をぬぐって安堵のため息を吐いた。見つめていた私も、思わず深く息を吐いた。それに気付いて、彼が顔を上げる。目が合って、金色、と一瞬考えた。

「なに、けっこー乗り気じゃん」
「ばか言え。付き合ってやってるだけだ」
「あっそ」

そして再び彼は作業に戻る。私もそれを視線で追って、自分の指先を見つめるという作業に戻る。なんというか、滑稽だな、なんて思いながら、次に自分の爪が
何色で飾られるのかを考えた。水色、群青の選択はおおよそ彼の好みではないから、次は、いよいよ赤が入るのだろうか。
弄られているのは左手だったので、右手はさっきから椅子代わりにしているベッドのシーツを掴んだり、なぞったりしていた。足を揺らすと、膝の間に割って入った晴矢と、ベッドに挟まれてうまく動けず、おまけに、こら、と怒られた。ちなみに、ベッドに座った私の膝の間から、上半身を覗かせる晴矢を盗み見て、結構な体勢だ、なんて思ったことは絶対に口外しない。絶対に。
そんなことを考えているうちに、晴矢が新しいビンを取り出しはじめた。赤だろうか、黄色だろうか、そんな興味と期待から私は黙ってただ眺めた。しかし予想は見事にはずれ、私の爪には白い雪が降り始めた。

「凍て付く闇の?」

にやり、笑いながら金色が私を覗き見た。
私は途端に顔が熱くなるのを感じる。
私の必殺技をイメージした模様とでも言いたいのか!

「君は・・・なんて意地の悪い・・・!」
「っとお、動くと服に付くぜ」
「もういい!やめろ!」

晴矢は笑いながら、わめいて暴れる私の腕を掴んだ。

「あんまり大声出すと他の奴らが気付くだろ」
「そもそも何で君は自室に戻らないでここにいるんだ!夕飯までは自室待機だろう!」
「今更それ言うのかよ」
「それはっ・・・」
「乗り気だったくせに」
「んっ・・・」

ふっと指先に冷たい息がかかり、思わず身じろぐと、思うより近くに彼の顔があることに気付いた。
瞬きをしてしまうより早く、金色の瞳と目が合い、私は動けなくなる。――卑怯だ。

「・・・もう知らない。好きにしろ」
「じゃ、再開」

楽しそうだな。と言おうとして飲み込んだ。
丁寧に書き込まれていく白い模様を眺めながら、つくづくこういう細やかな作業の似合わないヤツだなと思う。あの獰猛そうな、勝気な金色の目が小刻みに小さな動きを追っているなんて、信じられない。どうせ見るなら、そんな小さい爪なんかじゃなくて――こっちを見たらいいのに。
そのくせ、たまに伺うようにこちらを覗き見るなんて。満足そうに目を細めるなんて。
卑怯だ。実に、卑怯だ。
何のためにこんなことをさせられているのかわからない。

こんな、女でもないのに爪を飾って――




「乾くまで動くなよ」
「どのくらいかかる」
「夕飯までには乾くだろ」
「まて、このまま皆のところに行くのか!?」
「そうなるな」
「君ってやつは・・・!すぐ落としてやる・・・!」

そう言って、忌々しげに爪に視線を戻したとき、私は気付いてしまった。すぐさま晴矢と爪を交互に見やる。その時のヤツの、したり顔といったら。
私は畜生!と胸のうちで大きく悪態をついた。
こういうことだったのだ、爪に色を塗るということ、塗られるということ、その意味が唐突にすとんと頭の中に流れ込んで、起爆剤になったのがわかった。顔中が熱を帯びて、真っ赤になった私は吼えた。今すぐ落とせ、と。
つまり、私は彼の――晴矢の独占欲を満たす作業に加担していたのだ!

「落とせ!今すぐ!ああああさては照美の差し金だな!?」
「あーばか、動くと服に付くって」
「知るか!もともと赤いデザインなんだからわからないだろ!」

捻りをつけて殴りかかった右手が、情けない音であっさり捕まる。私はその事実に愕然として、わけのわからないまま瞬きを繰り返す。金色の瞳と目が合う。それはとても近い距離で、私はわけのわからないまま、背中がベッドに沈んでいくのだけがわかった。どうして左手で殴れなかったのかについては、全く触れてほしくない。彼の手のひらに残された、情けない右手のこぶしを軽く握って、晴矢が鼻先をつけて笑った。

「無理、だって俺、除光液もってねーもん」






――やられた!







かくして私は敗北を認め、爪がすっかり生え変わってしまうまで、この醜態を晒し続けたのだった。

左手には、薬指の爪にだけ、大きく赤い花が咲いていた。





















でも実は満更でもない風介君です。

南雲はただの馬鹿(笑)(笑)
でも普段せっかちで短気な彼が黙って繊細な作業しているのに
不覚にもときめいちゃったりしちゃったり、とか・・・
独占欲は示したほうももちろん満足だろうけど
示された方のが実際満たされてたり、ってどんなM!






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