「好きだ」


と、立向居に思い切って言ってしまったのが三日前。
思えば流れだった、今なら言える、なんてよくわからない衝動に後押しされて口走ってしまった言葉に一番驚いたのは俺自身だった。もちろん立向居も目を見開いて言葉を失っていたんだけど、なにしろ俺自身もびっくりだったもんだから、

「なーんてな!」

なんてウッカリおどけて見せたのは大失敗だった。








今日もハードな練習を何とか終えて、メンバー一同でぞろぞろと宿舎へ向かっていた。ハードとはいえみんなサッカーバカばっかりだから、話題は次の試合のこととかサッカー一色で、一人サーフィンしたいな、なんて思ってる俺はちょっと場違いかもな。サッカーはもちろん好きだけど、やっぱりサーフィンを捨てるわけにはいかないし、なにしろ俺のスタイルの基盤はサーフィンにこそある。
とかなんとか、理由をつけて俺は宿舎の近くの海辺へ駆けていた。
夕日はもう半分以上海に沈んでいて、夜になるのも時間の問題だ。夕飯の時間になればマネージャーが呼びにくるし、長居はできないだろう。
もっとも、夜の海は危ないから、サーフィンをしようと思ってここへ来たわけじゃなかった。
「もう、三日になるのか」
波の動きを眺めながら呟くと、まるで波が返事をしたみたいにひとつ、大きく揺れた。海はどこまでも大きいから、俺はこうして自分の小ささを確かめに行く。
三日前、俺は立向居に好きだといった。
多分、結構前からそういう感情はあったのだろう、そう思ったのは、好きだと気付いてからだった。俺はスキンシップが多いほうだけど、立向居に対しての多さはほかより目立つし、一緒に練習するのだって、なればいいな、と思っていた節もあった。
とにかく、気付けば色々当てはまることが多くて、一度思ってしまうととめられなくなって、それからは早かった。なんていうか、恋に落ちるって、こういうことなんだな、って感じだった。
一瞬の油断だったのだと思う。ついポロっと、言ってしまった。
そしてあまつさえ、動揺して立向居の言葉をきかずにその場から逃げてしまったのだった。
「うおー俺ってなんてサイテーなんだ・・・」


「ほんとうに」


ざり、と砂のこすれる音が聞こえた。振り向くと立向居が立っている。俺は頭を抱えた体勢のまま、硬直しながら立向居の前髪が潮風で揺れるのを見ていた。
「綱海さん、秋さんがそろそろご飯だからって言ってましたよ」
驚きでうんともすんとも言えない俺を放って、立向居が用件を言った。しかしその言葉とは裏腹に、そのまま砂を蹴って俺の隣へ並ぶ。波の音に合わせるように横顔の長いまつげが上下していた。
こっち、見ねえかな、なんて思ってしまうのは、こうして横顔を眺めているときだ。
「すっかり日が暮れちゃいましたね」
海の向こうを眺めて呟く。完全に暗くはなっていない空に、太陽の名残がオレンジに光っている。空の天井からじわじわと群青色が広がり始めて、そのうち、海の色とも混ざっていくのだろうな、とぼんやり思った。
「そうだな」
「太陽は沈んでいるのに、まだ空の色が明るいのって不思議ですよね」
言葉に合わせて、俺も海を見た。
「俺も、そう思ってた」
おんなじこと考えてたんだな、なんていって笑ってみせる。頭を抱えていた腕は、そのまま頭の後ろで組むことにした。
しかし、立向居が急にこっちに振り向いたから、その笑いは乾いたものになってフェードアウトした。真剣な眼差しが俺に向く。さっきまで海を眺めていたので、光の照り返しでキラキラと輝いている。
「俺、綱海さんと同じことなんか考えてませんよ。絶対にちがう」
俺は立向居の瞳を覗き込んだ。海の色だと思っていたけど、太陽の名残をわずかに残すそれは、実は空の色だったんだな、と気付いた。一度気付くと、もっと見ていたくなる。
「なにが違うって思うんだ」
聞いてみたものの、予想はできていた。
立向居は一度息を呑み、それでも視線をはずさずに、ゆっくりと言った。
「この間のことです」
そこで俺は改めて、自分がとことん最低なんだとわかった。立向居にこうやって、三日前に自分がしてしまったことをもう一度確認させている。これは誘導尋問に他ならないのに、真っ直ぐで、素直で、純粋な少年はそれに気付かずこうしてけじめをつけにきてくれたのだ。そして、そういうところが、自分はとても好きなのだと改めて思ってしまう。もう、ごめんとすら思わない。
「この間って」
「そうです」
潮風が俺と立向居の間を駆け抜けていく。海の前に立つと、その先のずっと向こうに広がる世界のことを思って、自分の小ささを感じることができた。なのに、今はそんなちっぽけな隙間風すら惜しい。海をいくら飲み込んでもちっとも薄れる気がしない。
ただ、この感情は海と比べても大きすぎた、それだけだった。
「俺は確かめたいんです。だから、もう一度言ってほしい。冗談であっても」
ふと、立向居の握りこぶしが震えていることに気が付いた。きっと、相当な勇気を持ってここに立っているのだろう。
そんな意地をみせられて、ぐっとこないほうがおかしい。俺は頭の後ろで組んだ腕が暴れだしそうだったけど、それもこらえる。海の向こうへ駆け出してしまいそうなのも、なんとか、こらえる。
「俺は、お前がすきだ、立向居」
それでも、叫んだ。
海に向かって叫ぶと、それに答えて波が大きく揺れた気がした。ざあっと波の音だけがそこに響く。言葉をぶつけた波が、水しぶきになって辺りに散らばる。
立向居は目を大きく見開いて俺を見た。三日前と変わらない反応だと思った瞬間、ボロっと瞳から涙が零れて、俺は慌てる。
「んおっ!?」
「すいません・・・っ」
次々に流れる涙が頬を伝って落ちていく。もうすっかり群青色ばかりの空が、最後に残した光のようにキラキラ輝いて、これがそのまま星になるのかも、とおもって、俺、クッサ!と思った。勿体無いとも思ったが、とにかくジャージの袖で頬を擦ってやる。
「どうしたんだよ急に・・・」
嗚咽まで漏れ出して、いよいよ本格的に泣き出してしまったぐしゃぐしゃの顔をぬぐう。ハナミズが、とか立向居は抵抗するが無視をした。
「俺もずっとわかんなかったんです。あの日から、ずっと考えてて・・・」
すん、と鼻を啜り、目元を乱暴に擦って立向居は俺から少しだけ離れた。
「綱海さんは、冗談だったのかもしれないけど」
そして、目を伏せる。
「冗談なんかじゃねえよ」
離れた距離が寂しくて、俺は立向居を抱き寄せた。折角ここまで核心にきた。今度は絶対、逃げたくない。
「冗談じゃない。あの時は・・・俺もびっくりしたんだ」
俺ってサイテーだから。
「びっくりした?」
立向居は首をかしげる。
「そ。俺、ほんとにスゲー立向居がすきなんだ!と改めてわかったので」
腕の中で黙り込んでいる立向居の顔を覗き込もうと顔だけ距離をとる。抵抗するように顔を肩に押し付けてくるので、逆効果だ、と一人でにやにやした。視界の端にチラリと耳が赤くなっているのが見えた。
「それで、答えを聞きたいんだけど」
にやにやしてしまう口元をなんとか押さえながら、もうほぼ確定的な言葉をあえて尋ねてみる。
こうなったらどこまでも最低な俺でいよう。
少しの沈黙の後、立向居はうー、とちいさく唸って、
「まだ考え中です・・・・・・」
と俺の肩に向かって言った。
そうきたか。俺は思わず、笑ってしまった。



























綱立なれ初め編(笑)

意外にヘタれでロマンチスト綱海さん

初恋の余裕のなさ→お互いにそうだとわかったときにでる年の差

綱海さんは自分で思ってるより計算高くないから大丈夫(何が?)







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テーマ「人外ファンタジー」
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