「あっちいな・・・」
「ですね・・・」




今日は記録的な猛暑日だった。俺はバタバタと襟を振って風を送ってみるが、ただの熱風にすぎず、かえって汗が流れて気持ち悪いだけだった。隣に並ぶ立向居も、同じように今にも溶けそうな顔で息を吐いていた。
自主練習のためあちこちにボールが転がっているけど、それすら触るのをためらうほどの暑さに俺達は相当、参っていた。
「海があればなア」
視覚的にも涼しいし、風も吹くし。そう思うと余計に海が恋しくなった。立向居はというと、さっきから上の空で、そうですねーなんて同じ返事ばかりだ。
「そういえば何時に集合なんだっけ・・・」
ポツリと呟くと、急に立向居が立ち上がった。
「なになに。どうした」
「俺、ドリンクもらってきますね、あと、時間も見てきますから」
そう早口に言って、駆け出した後姿をただ目で追った。えっ俺なんかしたかな。あまりに突然だったので、暫く呆然としていた。


立向居が行ってしまった後、どうにも座っていられなくなった俺は一人ボールを蹴っていた。集中していたらしく、立向居が傍によって声をかけてくれるまで、帰ってきていた事に気付かなかった。
立向居は肩で息をして、相当急いだのだろう、額から汗が水滴になって垂れていた。俺はとても申し訳ない気持ちになると共に、なんだか無性にこの後輩を抱きしめたくなってしまった。ガマンガマンと一人拳を握っていると、立向居が額を拭いながらにこにこと駆け寄ってきた。
「あと二時間くらいはあるそうです。あと、これ」
そう言いながら立向居が差し出したタオルを受け取る。一緒に、立向居が嬉しそうに差し出してきたものを見て、俺も顔がほころぶ。
じゃーん、という効果音付きだ。
「お、パッキンアイスか」
「秋さんがくれたんです。冷えたらくれるって言ってたなと思って。溶けてなくてよかった」
「だから突然走ってったのかア」
えへへ、と笑いながら立向居はアイスを二つに折った。「こっちは綱海さんのです」なんて嬉しそうにいいながら、アイスを俺に渡した。なにこのかわいい生き物、と目眩がしそうになるのを堪え、ふと立向居が棒の付いている方をわざわざ俺に渡した事に気づいた。
俺はなんとなくいたずらをしてやろう、なんて思った。魔が差したとはまさに、このことなんだろう。
「サンキュ」
受け取った勢いのまま立向居の手も一緒に握って、ひょいと反対側のほうを掠め取った。
「わっ綱海さんなにするんですか」
と、予想通りの文句が聞こえたのでついでに棒付きの方を立向居の口に押し込んだ。効果覿面、立向居は冷たさに押し黙り、慌てて口からアイスを抜いた。あんまりに必死だったので、おもわずちょっと笑ってしまった。
「俺こっちのがすきなんだよな」
おどけていうと、立向居があからさまに慌てたのが見えた。
「お、おれも、棒がないほうがいいです・・・!」
まだ諦めてなかったのか。飛びついて取り戻そうとするのをかわして、ガリッと齧ってしまう。
「フハハ・・・残念だったな立向居勇気よ・・・!」
なんつって、と続けようとして立向居が今にも泣きそうなことに気付いた。さぁっと顔の青ざめた音がする。突然、予期していなかった大津波に襲われたときの感じとちょっと似ているな、と思った。
こんなに暑いのに、冷や汗が背中を伝うのがわかった。
「おっ・・・えっ・・・立向居?くん?」
「特別なんですよ・・・」
立向居は俯きながら、地面を見ていた。俺はというと、立向居の項垂れるつむじを黙ってみていた。
「お母さんが、いつも棒付きの方を俺にくれるから・・・特別な人には棒付きをあげるって。だから俺」
ざり、と立向居が地面を蹴った音がした。立向居が顔を上げる。深い群青の瞳が俺を見ていた。立向居の瞳はいつもきれいだな、とか場違いなことを思ってしまう。曇りのないガラス玉に俺が映っている。そこにいる俺の緩みきった顔といったらなかった。まさに幸せ絶頂って感じだな。暑さよ、ありがとう。
俺は、アイスを立向居の口へもう一度押し込んだ、今度はできるだけ優しく。
「俺もだ」
立向居は瞬きをした。
「俺も、お前の母ちゃんとおんなじ。特別だからさ」
立向居と同じ台詞を返したはずなのに、顔を真っ赤にさせて目を泳がせるので、思わず笑ってしまった。
「ま、でも俺ももらっとこうかな、立向居のトクベツ」
とかなんとか言って、結局はこの後輩が愛しくて仕方なくなっただけなんだけど、とそこは棚に上げて触れた上唇は、冷たかった。






















おまけ

「でもアイス咥えてんのなんかエロイな!」

「台無しです綱海さん・・・」




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