※濃いめです









じわじわ、背中に熱が広がって、俺は脳みそが融けちゃうんじゃないかって思った。夏だから、寝苦しい夜は当たり前だけど、そうじゃない。背中にはもうひとつ、鼓動がぶつかって、重みが圧し掛かる。俺は汗をかいたけど、それは冷や汗といったほうがたぶん、あってる。
背中から抱きしめられた状態で、俺は暑さに目を回す。並べられた布団は二つ、だけど片方はがら空きのまま、寂しく畳に敷かれている。
どうしてこうなったかなんてわからない、だってはじめはただのお泊り会だったんだから。
「立向居、・・・」
耳に低く呟かれる声が木霊する。回された腕がかすかにきつくなる。俺はどうしたらいいか分からなくて、腕ごと抱きしめられたまま、唇を噛み締めながらズボンの裾をぎゅうと握った。心臓がそのまま胸をつきやぶっちゃうんじゃないかと思ったので、丁度大きな手が胸の辺りで交差していることに安心したりして、いや違うだろそれは。
「つ、つなみさん・・・?」
何を、とは怖くて聞けなかった。振り返ったらどんな顔をしているんだろう。好奇心と恐怖がないまぜになって、俺は目の前のシーツばかり眺めた。口の中が乾く。ドンドンと心臓が暴れて、もういっそ、このまま吐き出してしまいたい!
「あの、」
「・・・こっち向いて」
「え、」
だめですと言う前にひっくり返された。
俺の目の前には大きな影が覆いかぶさって、綱海さんしかいなくなる。大好きなひとでいっぱいになった俺の視界、なのに、俺は背中になにか、寒気みたいなものが駆け抜けていくのを感じた。綱海さんはどこか苦しそうな顔で俺を見ていた。苦しそう、というよりは何かに耐えているような、葛藤しているような、それでも、目には何か熱があるような。そんな顔だ。いつもの綱海さんじゃない気がして、俺は途端に怖くなった。彼は自分より二年も年上なのだと、唐突に理解してしまったのだ。
付き合うってことはつまり、こういうことなのだと、俺はわかっていなかった。俺はまだ一年生で、それを理由にしたって三年生には常識なんだと思う。でも俺ときたらキス、なんかを一つしただけでその先はすっかり終わりだと思ってた。今も、その先が酷くぼんやりとしていて、上手く想像が出来ない。俺は、そんな標準的な中学一年生です。

そしてその先が、たまたま今日だった、それだけなのだろうと思う。



綱海さんの下で仰向けの体勢のまま、俺はただ綱海さんを見ていた。胸が苦しくて息が詰まった。小さく息を吐く。そんな俺を見て、綱海さんが喉を鳴らした。大きな喉仏が上下する、それを目で追った。
「いいのか」
綱海さんが訪ねたのは、たぶん、俺が逃げ出さないからだ。さっきまで抱きしめられていた拘束は解けていて、綱海さんの手は俺の耳の脇にある。
「・・・わからないです」
「何がわかんない?」
「全部、・・・」
「だよなあ」
困ったように綱海さんは笑って、俺の頭を撫でた。そのまま肘を曲げて、俺に近付く。俺は思わず目を瞑った。
けど、俺が予感したことは起こらずに、綱海さんは俺の耳元に顔を寄せる。
「・・・教えてほしい?」
少しからかうような調子で、そう低く呟く。俺はその声に肩が跳ねて、心臓が飛び上がる。息が詰まってしまい、はっ、と大きく息をした。綱海さんのこんな声、聞いたことなんかない。大きく透き通るような明るい声、それだけが彼の声だと思ってた。そんなの知らない。知らない。
何も言えないでいると、するり、と何かが肌の上を滑る。それが綱海さんの手だとすぐにはわからなかった。確かめるように身体の形をなぞり、慰めるように触れられている気がして、気持ちの悪さと安心感が一緒にやってきて、その先は。名前の知らない感覚がやって来る気がして、俺は身体をよじる。思わず叫んだ。
「こわい!」
口に出したのはそんな言葉なのに、気がつけば俺は必死に綱海さんにしがみついていた。少しだけ開いた距離で、綱海さんの困ったような顔が見えた。
「こわい、」
「・・・怖いのか?」
「こわい、」
俺はただうわごとのように繰り返す。
綱海さんの背中にまわした腕で、必死にシャツを握った。
「でもだめ、だめです」
「立向居?」
「だめです、」
鼻をすすりながら言うと、そこで自分が泣いているんだとわかった。綱海さんはゆっくり瞬きをして、俺の次の言葉を待っている。大きな手のひらは俺のシャツの中にあって、脚は器用に絡まりあってシーツに皺を作っていた。それをみて、俺は怖くなる。今見えているものの全てが、その先に繋がっているのだとしたら。唇と唇を合わせただけの関係から、更に先へと続いているのだとしたら。
それでも、それを彼が望んでいるのだとしたら。
「やめちゃ、だめです・・・」
小さく言うと、綱海さんは目を見開いて、僅かに震えた。
「今日はだめだ」
「え?・・・っ」
不意に、体の中心を押される。今まで他人に触れられたことなんかなかったのに。突然、身体に走る電流に一瞬頭の中が白くなった。
「う、く・・・」
急なことの驚きと、今までになかった感覚の全てに圧倒されて、俺は小さく呻いて目をきつく瞑った。思わず綱海さんから手を離し、布団の上でしゃくりあげる。
綱海さんは身体をなぞる手を俺の胸に押し当てた。
「・・・ほら、こんなに緊張してる」
「・・・?」
「無理すんな。焦った俺が、ばかだったんだ」
言って、綱海さんは上半身を起こした。ぽっかり開いた距離に不安になる。
「そんな、大丈夫です、俺」
「お前がよくても俺が嫌なんだ。大丈夫とか、そういうのじゃない。大丈夫じゃ、だめなんだよ」
「・・・・・・」
「大丈夫じゃ、だめなんだ」
俺は何故だか悲しくなって、綱海さんのシャツの裾を握る。綱海さんは親指で俺の頬を拭って、そのまま鼻の頭に口付けた。それに更に俺は寂しくなって目尻に涙が溜まる。しかし口にねだるほど、俺は自分に自信がなかった。
視線を上げて、涙でぼんやりとした目で綱海さんを見ると、綱海さんはなんだか苦しそうな顔をしていた。思わず瞬きをしてしまうと、しかし彼は笑っているのだった。
いつもの、透き通るような明るい顔で。





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