密室。こうしてお互い身体をくっつけなければならない距離は必然。
閉じ込められたのは偶然。


「いつまでこうしているんだ」


小さく呟く。俺は背丈があまり変わらないことを恨めしく思った。視線を動かしようがないこの状況では目の前で唇が動くのをただ見詰めるしかなかった。お互いにあまり変わらない背丈では触れ合う部分も同じ。呼吸のせいで胸が上下する。面積はたぶん、俺の方が広い。


「わかんね」
「それは答えになってない」
「だから、わかんない」


俺が肩をすくめてみせると、キッと睨まれた。色素の薄い虹彩にぽっかり浮かんだ瞳孔が俺を映す。薄暗い中で大きくなった瞳孔が丁度俺の顔を隠すので、鏡にはならないだろう。吊り目の一重が瞬きをするたび、意外に睫毛が多いなあなんてぼんやり思う。密室で限られた酸素量の中、二人分の呼吸を繰り返しているのだから脳に酸素がいかなくなるのも時間の問題で、ぼんやりしてしまうのも仕方がない。
長く一緒にいると気付かない部分が多い、なんていうけど、それは本当のことかもしれない。特にこんなに距離感がなくなることなんて、相当親しくなっても難しい。
まして、抱きしめあっているわけでもないのに。


「おまえ、熱いな、暑がりなわりに」
「君には負けるよ」


熱を感じるものはお互いの体温だけ。初めはバラバラだったけど、順応というものは恐ろしく、今では二人で共有している。多分。今離れたら外気の寒さで凍えてしまうかも。凍てつく闇のなんとやら、とか考える俺が寒い。
しかし仮に外気に触れたとして、実際はお互いの呼吸が充満したこの空間だ、「どうやってもこの温度からは抜け出せないよ」。彼が呟いた。俺は顔を上げる、というか、元々動きはしないけど。だからピントを合わせて彼の顔を見た、正しくは。


「エスパーか」
「私もわりと君と同じ思考だっただけだ、寒気がする」
「じゃあ離れるか」
「もう無理だよ」
「無理かな」
「変温動物にでもなれたら、」


別だと思うけど。
初めて、彼が俺から視線を外す。ああそうか、顔を動かさないでも目を伏せればよかったのか。重い前髪がさらりと動いて彼の顔を隠す。元々表情というものが乏しい彼は、主に目を使ってものを訴えた。それが閉ざされたいま、俺は途端に一人になった気がしてしまう。体温を共有して、呼吸の温度も、それが充満したこの空間も、何もかもが二人分になってしまうと、それは一人分と変わらない。俺は怖くなって、彼の顔を覗きこむ。後もう少し乗り出せば鼻先がついてしまう距離で、彼が目を開けるのを待っている。意外に多い睫毛、静かな色の虹彩がない顔。それに物足りなさを感じているのだ。俺を見てほしい、なんて幼稚な。
そして、不意に虹彩が顔を出す。
胸が脈を打つ。


「君、うるさいよ」


にやり、と弧を描く口が憎らしい。
憎らしくて、胸を押し付ける。更に触れ合う面積が増えて、俺の利益も損害も増えるけど、知ったことか、と思う。
今度は俺が笑う番、思ったとおり、俺の右胸に鼓動が叩かれて響いてくる。


「おまえもかわんねえよ、たいして」
「うるさい」
「心臓が二つできたみたいだな」


体温は、血液が運ぶらしいから、間違いじゃないだろう。
彼は少し黙ったあと、ぽつりと言った。


「じゃあ私は、君の命を預かっているわけかな」
「……」
「なんだ、変な顔してるぞ、君」
「あーまてまて。整理する」
「だからなに」
「それは愛の告白か?」
「はあ?!調子に乗るな!」


ごつんと額が合わさる。少し痛いけど、少しの域を出ない痛みがじんわりぼやけた脳に響く。触れ合う部分がまた増えて、視界の端に、赤い耳が見えた。
偶然用意された密室でこうして向かい合うのは必然だった。密室に、入り込んだのも。
相変わらずお互い向かい合って見詰め合ったまま、ただ瞬きを繰り返す。彼が目を伏せるたび、その合間に俺は新しい発見を繰り返す。
その発見を俺達は共有していく。


「まあ、それも悪くはないな」


ガゼルが言った。



















(密室は物理的な距離の意味、閉じ込められて動けない、どうしよう困ったな)


(でもほんとは望んでたのかな)












とりあえずバーンに彼呼びさせるのは違和感かも






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