俺は練習に熱中しすぎていたようで、気付いたらもう夜も遅くなっていた。消灯時間が近付いた宿舎は既に薄暗く、俺の足音だけが響いている。それでも練習で汚れた身体のままでいる気にはなれなくて、せめてシャワーだけでもと静まり返った廊下を歩く。すると、少し先の部屋から、かすかに明かりが漏れているのが見えた。もう皆自室に戻っているはずの時間なのに。俺は首をかしげながらも、何故だか自然にその部屋のドアを開けた。


「あ、」
「あれ、」


そこにいたのは緑川だった。ドアの向こう、並んだ椅子のひとつに腰掛けて俯いていた頭を上げて、驚いた顔でこちらを見ている。そして俺も多分、ずいぶん間抜けな顔で彼を見ていたのだろうなと思う。
部屋の中は思ったより暗く、僅かな明かりは奥に座った緑川までをきちんと照らしていない。俺はそのまま緑川の近くへ歩み寄り、隣の椅子に腰掛けた。


「どうしたのこんな遅くに」
「ちょっと休憩してただけ。そういうヒロトこそ」
「俺は、見ての通り自主練習。」
「あはは、確かに一目瞭然だ」


泥がついてる、と緑川は小さく笑って俺の鼻の頭を拭った。
近付いた拍子に、ぽたりと何かが俺の膝の上に落ちる。


「緑川、髪、濡れてる」


俺の顔へ伸ばされた腕をそのまま掴むと、緑川は動くのをやめて俺を見た。空いた手を前髪へと伸ばすと彼は目を伏せる。ぽたり、また、水滴が俺の手の上に落ちる。
そのまま、手を下に下ろし、頭の形をなぞって髪を梳いてやると、生乾きの髪がしっとりと指の間に纏わりついた。緑川はただされるがまま、ああ、とだけ返事をした。


「乾かさないと風引くよ。髪の毛長いんだから」
「いいよ、女子じゃあるまいし。それに面倒だよ」
「いいから」


俺は構わずに首にかけていたタオルで緑川の頭を覆った。緑川は小さく身をよじる。後ろからタオルごと抱き込むようにそれを押さえ込んだ。冷たい。


「それ汗拭きタオルじゃないのか?」
「まあ、ウン」
「うわ、それ余計に汚いんじゃ、」
「つべこべ言わない。ほら、こういうのを自分でまいた種っていうんじゃないか」


それきり緑川は黙った。俺は構わず髪を拭う。後ろにむりやり一つに束ねられた髪を解くと、俺の手の上でばらりと髪が散った。緑川が髪を降ろしたところを見たことがないわけじゃないけど、それでも改めてその長さに驚いた。毛先に溜まった水滴を、丁寧にタオルで吸い取っていく。


「髪を切ろうかなって思ってるんだ」


不意に、彼が呟いた。


「どうして」
「だって、思い出すんだ。鏡を見るたび、」
「うん、」
「ヒロトだって、髪型を変えたろ」
「うん。」
「まあ、俺も変えたけど」


それでもさ、と消え入りそうな声で緑川は言った。
少しだけ俯いた項に水滴が走る。
鏡を見るたび思い出す。俺もそうだった。自分の姿だけじゃない、彼が俺の横をすり抜けるとき、不意に後姿が重なることだってあった。そしてそれはたぶん、彼も同じなのだろうと思う。

(それでも、)

俺は髪を拭くのを止めて、髪を一束すくい上げた。指を通すと柔らかく指の間をすり抜けていく。少しだけ癖の強い、俺とは真逆の色素を持った髪。
それでも俺は、彼の髪が好きだと思った。
今も、昔も。


「俺は、緑川の髪、好きだよ」


そういって、頭にかぶせた布越しに、愛情を込めてキスを贈る。
ちゅっ、と大袈裟に響いたリップ音に緑川は動きを止め、瞬きを何度かした。それから乱暴に頭の上の布を顔にずらして、


「恥ずかしい奴…」


と、ため息と共に呟いた。

俺は思わず小さく笑う。
タオルの下に隠した顔が赤いことを、俺は知っている。












愛してしまえ、面影さえも


















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三期のふたり

三期は基緑推しすぎだと思います(にこ!)
ちなみにたぶん、デキてはないです…ああいう行動を地でいく基山さん、最強です。




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テーマ「人外ファンタジー」
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