携帯電話は、とても便利だと思う。その名前の通り、いつでもどこでも一緒にいて、ボタンを押せば娯楽に調べ物になんでもこいで、お財布になったり切符になったりしたりする。ボタンを押せば、誰とだって、すぐにでも繋がることが出来る。



(はず、なのに…)



俺はベットの上に寝転がりながら、携帯電話を胸の前で握る。液晶にため息が掛かったのは、今日だけでも数え切れないほどだから、今までの分を数えたら一体幾らになるのだろう。
エイリアの一件が終わり、俺はキャラバンから抜けて福岡へ帰った。初めは、皆とのお別れが寂しくて仕方なかったけど、陽花戸の仲間達とサッカーをするのも、やっぱり楽しかった。そして俺はいつもの日常に溶け込んで、寂しさなんかも次第に薄れていった。
はず、なのに。


俺は携帯を握ったまま、ゆっくりと瞼を落とす。体重でベットの布団が揺れる感触がした。
目を閉じると、いつも浮かんでくるのは、陽花戸じゃなくて雷門のグラウンド。一緒に走ってボールを追いかけるのは、雷門イレブンのみんなと、円堂さんの仲間と、それから、陽花戸の仲間。全てが俺の理想とか、希望で溢れた世界で、だから瞼の裏に俺は走っていく。毎晩、毎晩。
俺はゴールを守っていて、向かい側には円堂さん。戸田キャプテンと、吹雪さんがキックオフ。そして俺の目の前にいるのは、






ぶぶぶ、と胸の上で携帯電話が鳴り、俺は目を開ける。振動でずり落ちた携帯を慌てて拾って開くと、メールの着信の知らせに、期待で目を一杯に開く。



「戸田、キャプテン…」



明日の部活の連絡が簡単に書いてある一文に、肩をガクリと落とす。ごめんなさいキャプテン、キャプテンが悪いんじゃないんです。
キャラバンから皆とお別れをするとき、アドレスの交換をした。携帯電話はとても便利で、簡単な数字と、文字を交換すれば直ぐに繋がることが出来るから。
円堂さんとはあの後、お互いに叱咤激励のメールを何通かした。木暮君はあれでいて結構マメで、なんだかんだ、メールをしている。内容は、あってないもの。今日は誰を穴に落としたとか、どんな落書きをした、とか。それはみんなの日常で、今までサッカーを通してしかわからなかった皆のことがダイレクトに伝わる。それが楽しくて、嬉しくて、実のところ、少し寂しい。俺を差し引いても存在する日常が、みんなの中にも流れている、その事実が。
俺じゃなくても、と思ってしまって、それがちょっとだけ怖い。
それでも、その他にもいろんなところに住んでいる仲間と連絡を取り合ったりして、その度、にやつく顔を先輩に笑われたりした。女の子の名前を見るとからかわれたり、円堂さんのメールを皆で挙って読み上げたりした。
でも、ひとつだけ。
4の数字だけ、押せない。



「明日は、朝練はなし、か…」



俺は今でも部活でゴールを守っている。キ-パーの俺を守ってくれているのは、頼もしい陽花戸の仲間。俺はいつも、そんなみんなの背中をみている。確かにちゃんと、見ているはずだった。




(でも、違うんだ、)




俺が見ていたのは、違う背中だったんだ。




日常に戻って、でも寂しさなんかは薄れてくれるはずもなくて、俺はこうして瞼の裏に逃げている。それは俺のためのトランキライザーにすぎなくて、こうして繋がらない携帯を眺めてため息をつき続ける日々。携帯が震えて、ライトが点滅する度に目を見開き、期待して覗き込んだ液晶に肩を落とす。その繰り返し。
俺は携帯のアドレス帳を眺めてため息をついた。液晶に白く広がっていく俺の幸せ。
携帯は優れているから、簡単に繋がるはずなのに。4の数字を押せばいいだけ、それだけなのに。





(ただ待っているだけの、怖がりでちっぽけな俺が悪いんです。)





4の数字、タ行にたどり着くまでの勇気が、俺にはなかった。






















(:anotherside:)


携帯電話は、とても便利だと思う。その名前の通り、いつでもどこでも一緒にいて、ボタンを押せば娯楽に調べ物になんでもこいで、お財布になったり切符になったりしたりする。ボタンを押せば、誰とだって、すぐにでも繋がることが出来る。



(だからかなあ)



俺はベットに寝転がり、机の上に放り出されている携帯電話を眺めた。携帯を気にかけるのは、今日だけでも数え切れないほどだから、今までの分を考えたら、すごいことになるかもしれない。
実のところ、俺は携帯電話がそれほど好きではなかったりする。しかし最近では連絡ごとは大体メールで済まされるし、持っていた方が安全だからと親に持たされている。そんな俺の携帯は、使用頻度がすこぶる低い。
エイリアの一件が終わり、俺は沖縄へと帰った。久しぶりのサーフィンはやっぱり気持ちがよくて、帰ってきた頃はサッカーのことはひとまず忘れてサーフィンに明け暮れた。それから毎日思いっきり波と遊んで、大きな海を見ているうちに、皆と別れたことなんか次第に忘れていった。
というのは、希望だ。


目を閉じると、ゆらゆら波に揺られている感覚が俺を包む。波が光にあたって輝く様子を脳裏に描く。その波紋を蹴って、ボールを追いかけるのは、雷門イレブンの皆と、円堂の仲間と、それから、大海原の仲間。そんな想像が自然と湧き出て、俺はその波に揺られる。毎晩、毎晩。
俺はゴールの前にいて、鬼道が音村と競り合いながら突っ込んでくる。二人が俺をすりぬけた先にいるのは、





突然、波が襲ってくるような錯覚に襲われて、目を見開いた。汗が滲んで、それを手の甲で拭う。



(行かせないと、思ったのに!)



慌てて身を起こした先に、光る携帯電話が見える。滅多に着信はないし、俺がいじることもほとんどない。それでも前よりはアドレスが増えて、そんな携帯がなんだか誇らしげにして光っているように見えた。
キャラバンから皆と別れるとき、アドレスの交換をした。携帯電話はとても便利で、簡単な数字と、文字を交換すれば直ぐに繋がることが出来るからだそうだが、生憎俺にはあまり意味はないかなあなんて思った。だから交換をするとき、そのことを伝えた。
でも、それがまずかった。



「今度はいつ部活に顔だすかなア…」



やっぱりサッカーは忘れることは出来ず、大海原の仲間と今でもサッカーを続けている。音村の指示が飛んで、得点が決まるたびに皆で歓声を上げ、抱き合って喜ぶ。それは雷門にはなかったことだったけど、俺の日常にすんなり溶け込んでいく。
俺はシュートも打てるディフェンスで、そんな俺にボールを回してくれるのはノリの良い大海原の仲間。俺は今でも背中のゴールを守っている。ゴールを、守っているはずだった。




(でも違った)





俺が守っていたのは、ゴールではなかった。





日常に戻って、でも何かが足りなくて、その何かを測る術がなくて波に逃げている。俺はこんなちっぽけな電子機器に頼ろうなんてちっとも思えなくて、でもそれがかえって俺を苦しめている。そこに俺だけしかいない、そんな日常に慣れてしまうことが怖い。いつだって、俺の背中にはあるべきものがあって、いるべきものがいる。そうであってほしい。
俺は携帯を握り締めてため息を吐くほど女々しくなんかないぜ。
叩き割って無残な姿になった豚に「南無三!」と合掌して揃えた切符を握り締める。今日の携帯電話は切符にもなるらしいな。けど、やっぱりこっちのほうがいいだろ。あるべくして、ある感じがしてさ。





(ただ待っているだけなのはお前の役目だ)





数字だけの関係になるのは御免な俺は、夜行列車に乗り込んだ。











タ行の君に、あいにいく



















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こうして「想像しても〜」に繋がるわけで…
ていうか私は目を瞑らせるのが好きだなあ…





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