「もうそろそろ、パパの誕生日なんだよなあ」

「何ィ!」



あたしは何も考えず、あわよくばアドバイスなんか聞こうかな程度でそう呟いただけだった。それは別に他意も思惑もなんにもなくて、ただほんとにぼろっと、ついてでただけだったのだけど。
でも思った以上に、リカが食いついてきて一瞬、何か悪いことをしたような気になったのは、なんでだろう。






「で、なんで俺?」

「いやあ…」



隣に並ぶ綱海が首を捻る。休日の商店街は人で溢れていて、当然カップルも仲良しこよしに手を繋いで通り過ぎていく。あたしたちはというと、まあ当然雷門ジャージのままなのだった。
何故綱海が隣にいるのかといえば、実はあたしもよく分からない。人選はリカによるもので、彼女が言うには、「綱海が一番年上だから」だそうだ。あたしが買いたいものはパパに贈るもの。すなわち大人の男の人に贈るものだから、年齢で言えば一番大人に近い、つまり年上の綱海に聞くべし、というのがリカの言い分だった。まあそれも一理ある気がしたので、どこかキナ臭さを感じながらもこうして彼女の案に乗っている。



「まあ細かいことはいいから、行こうよ」



その事情を話してはいけないとリカにうるさいくらい言われたので、あたしは曖昧に笑って綱海の背中を押した。何故だか、リカがどこかで見ている気がしてならない。あとで関西人のノリというのでどやされるのが面倒で、あたしは彼女の忠告を守った。
稲妻町の商店街を歩くのは初めてではなかったけど、こうしてサッカーに全く関係のない用事で店を眺めるのは初めてだった。結構色々あるなあ、とショーウィンドウをキョロキョロ眺めて歩く。その隣を綱海は黙って歩いていた。
綱海が大人しいとか、ちょっと面白い。ショーウィンドウに映る綱海を盗み見ると、頭の後ろで腕を組んで、真っ直ぐ前だけを見ている。もっとベラベラ、喋るかと思っていたのに。意外さと、少しだけの物足りなさ、なんてものを感じる。暫く見ていると目が合ってしまい、あたしは慌ててウィンドウの中の飾りに視線を移した。
とはいっても、初めから欲しい物は決めてあって、足は迷うことなく百貨店へ向かって進む。ドアをくぐったとき、大人しくしていた綱海が口を開いた。



「なんだ、どこも寄らねぇの?」

「うん、買うものは決まってるから」

「そっか」



そこであたしはしまった!と気がついた。今のは明らかに不自然だった。綱海は何事もなかったように店内を見回して、何故か物産展なんかを見詰めていた。何もツッコまれなかったけど、綱海はきっと、なんで自分を連れてくる必要があったのだろうと思っているに違いない。痛恨のミスだ。
まるであたしがデートしたかったみたいじゃないか。
あたしはなんだか焦ってしまい、慌てて綱海に話題を振った。



「綱海って、香水詳しい?」

「香水?」

「そう。パパにあげようと思ったんだ」

「香水かあ…俺にはよくわかんねえなァ」



そもそも香水なんてつけないしなあ、という綱海の返事に、まあ確かに、とあたしは頷く。根っからのサーフィン野郎な綱海が香水をつけたところで、意味がない。まあ選ぶくらいならと言う綱海の言葉に甘え、二人で何本か香水を選んでみる。男性用の香水コーナーに、ジャージの中学生(しかも男女)がいるって相当変な光景だなあ。しかしなんでこう、男物の化粧品はスースーするものが多いんだろう。



「なあなあ」

「なんだ?」



あたしは綱海がイチオシする香水を嗅いだ後、咳き込んでしまった。それを見て綱海が指を差して笑う。ついムキになって、笑う綱海の顔に香水を吹きかけた。良い子はマネしないでね。



「あっコノヤロ」

「お返しだよ!」

「ああああああ目が、目がァッ…!」

「大佐!大佐!」



涙目になった綱海にざまみろと舌を出す。もがく様子に指を差して笑って、そんな小学生みたいなやりとりをしていると、少しだけほっとした。大丈夫、いつものあたしたちだ。
綱海はずっとつまらなそうにしていたから、なんだか安心した。

結局、店員を呼んで、一番売れているものを無難に選んだ。


綺麗に包装してもらったパパへのプレゼントを大事に抱えながら、あたしたちは百貨店を出た。
思っていたより長い時間香水選びをしていたらしく、気がつけば時刻は三時をまわっていた。ちょっとお腹がすいたかもなんて思っていたら、丁度いいことに綱海の腹の虫が鳴る。あたしは思わず吹きだしてしまったけど、その直後に同じように音を鳴らしてしまったので何もいえなくなった。
それから、少し歩いた先の店でアイスを買った。なんせあたしたちはちょっとした甘党で、そこにアイスが売っていたら買わない手はなかった。あたしはイチゴで、綱海はチョコミント。あたしはあれっと綱海を見る。



「あれ、綱海前にミントはありえない、って言ってなかった?」

「ああ、これな」



少し前、そんな雷門のちょっとした甘党たちが集まって好きな味の話をしたことがあって、そのときに綱海はミント味はありえないと熱弁を振るっていた。のを、思い出して尋ねる。



「立向居が、よく食うんだよなあ、これ」



だからちょっと感化されたかもな、と苦笑。



「ふうん?」



よく一緒に食べに行ったりするのだろうか。まあ練習をよくしているからあるのかもしれない。
あたしは手元の香水を見て、そういえば、となんとなく思ったことを呟いた。それは別に他意も思惑もなんにもなくて、ただほんとにぼろっとついてでただけだったのだけど。



「そういえば、綱海は潮の匂いがするよなあ」

「そうかァ?」

「うん。練習とかで横を抜けるときとかたまにする」



やっぱりサーフィンしてるからかな、と言うと、綱海はアイスを齧りながら一言、



「ああそれ、立向居にも言われたなあ」






ん?







「立向居に?」

「おう」



何故だか清々しい笑顔で頷く綱海は、その言葉の矛盾に気付いているのか、いないのか。
立向居はゴールキーパーで、一緒に練習してるといってもやっぱりゴールキーパーの練習で、だからあたしが言ったようなことにはならないと思うんだけど。
でも、言われた、と。
あれ、ゴールキーパーとデイフェンダーって、そんなに近付くことって、あったっけ。頭を捻れば、あるような、ないような。なんせあたしはミッドフィルダー、詳しいことはわからないし、まあ、聞かないけど。



でも邪推はできるよなあ。



あたしはふうんとだけ返事をして、そのまま綱海の横顔を眺めた。綱海の横顔は、いつもは太陽みたい、ってよく言われるような豪快な笑い方だけど、ちょっと違っていた。なんていうか、柔らかい、みたいな感じ。そしてその視線の先は、チョコミント味のアイス。でも、本当は?

なーんて、邪推。



(今日の綱海は意外でいっぱいだ)



午後三時をすぎた町はやっぱり人で一杯で、横を仲の良さそうなカップルなんかが通り過ぎる。あたしたちはどう見えるんだろうか、とか考えて、そういえばジャージだったことに気付く。休日の商店街に、雷門のジャージはとても浮いていた。リカがジャージは止めろと言っていた理由がわかったかも。でもそれも今更で、結局は綱海だってジャージだったのだから、まあ、実際あたしたちはそんなもんなのだった。
あたしは腕の中の香水を抱えなおして、前を向く。アイスを頬張るようにして齧ると、頭の奥がキンとした。
イチゴ味のアイスなんて、早く食べきってしまいたかった。








































後日談


円「あれっ立向居潮の匂いがするぞ」

立「えっ」

塔「えっ」

円「塔子?どうしたんだ?」

塔「えっいや、ううんなんでもない…」


なんでもなくない……!





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