本当に驚いたときとか、怖いときとかは、声なんてでないことを、俺は知った。











キイキイ、自転車は土手に沿った坂を登っていた。二人分の体重に苦しそうに鳴く自転車と、苦しそうに息を吐く綱海さん。
に、必死でつかまる俺。



「俺、降りましょうか?」
「いんや、だいじょう、ぶッ!」



ペダルを必死に踏みながら、綱海さんは振り返らず答える。全然大丈夫には見えなかったけど、ちょっと俺いま必死だから、と言われて仕方なく口を噤んだ。
買出しのビニール袋がカゴの中で揺れている。俺たちは買出しの途中だった。正しくはジャンケンで負けた俺に、綱海さんが一緒についてきてくれると言ってこうなっている。自転車は目金さんに借りたもので、しかし俺は自転車に乗れないのだった。暫く悩んでいると現れた綱海さんに見事自転車が乗れないということがバレて、荷台を叩かれた。初めての二人乗りだった。
ふうふう、立ちこぎで坂を上る。買わなければいけないものはもう既に買い終わって、あとは雷門に戻るだけだった。けど、俺と綱海さんは、雷門とは全く逆の道を進む。
海にいこうぜ、と綱海さんが笑顔で言ったからだった。
このまま、ふたりで。



坂はそろそろ終わりそうで、こんなにキツイ坂道だったのだから下りはとても快適らくちん、爽快なのだろうなあと思ってすこしだけわくわくした。綱海さんも同じように思ったらしく、こちらへ振り向いて、にかっと笑った。


でも、それがいけなかった。


下り道は思うより急で、というか、上りがあれだけ急だったのだから当たり前なのだけど、俺達はそこまで考えていなかった。ほぼ垂直に自転車は落下して、綱海さんはペダルから足を離してしまい、制御不能となった自転車は坂道を逸れて大きくカーブした。ガードレールに衝突して、俺達は投げ飛ばされてしまった。
俺はぎゅうと目を瞑る。綱海さんに必死で抱きついた。空に浮いた感覚がスローモーション。

本当に驚いたときとか、怖いときとかは、声なんてでないことを、俺は知った。



俺はもしかしたら死んじゃったのかも、と思ったけど、そこは柔らかい草の上だった。すぐ隣で綱海さんも寝そべっていた。俺は抱きついたまま綱海さんに圧し掛かっていて、慌てて飛び起きる。



「綱海さん、」

「おー立向居…元気かァ…」

「元気です、怪我とかは」

「怪我か…」



けが、と呟いて、綱海さんは突然、笑い出した。あはは!俺もつられて笑ってしまう。それまでの恐怖のせいでひきつった笑い声になってしまった。うひひ!



「うひひって、おま、っぶ、ひひっ」

「ひひひっ」

「うひひひひっ」

「こわ、こわかった、ひひっ」

「俺、も、ぶっひひ、」



二人で地面を叩いて、転げまわりながら笑う。怖かったけど、なんだか凄く楽しい。俺は少しだけ、あの時実は空を飛んでたんじゃないかと思った。綱海さんにしがみついて、二人で空の散歩、なんて、どこかで見た映画みたい。



「あーあ、でも怪我しなくてよかったな」

「そうですね」

「うみはまだかー」



うーみー!と綱海さんは叫ぶ。だから俺も同じように叫んだ。うみうみうみうみ!
なんで突然、海、なんて聞いたらいけないってことは、知っている。聞いたら、おかしいことが、全部おかしくなってしまうから。
今この休憩が終わったら、きっとまた綱海さんは自転車に乗って、海を目指す。その後ろに、俺が乗っている。
海に着いたらそれでお終いだから、つかなければいいのになあ、なんて思ったりして。
ぼんやり、仰向けになったまま空を見ていた。





じつは、稲妻町に海なんてない。
だから綱海さんは俺を乗せたまま、ずっとペダルを漕がなければいけなかった。











このままいっしょがいいね










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ポプラ」様に参加させていただきました^0^!

お題に沿えている気がいたしません。
ともあれ、参加させていただき、ありがとうございました!
そして読んでくださった方にも感謝をこめて。


なぜならば:けい




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