※パロディーです











俺は大学生になって上京して、綱海さんと一緒に住んでいる。綱海さんは俺より少し早く上京していて、歌手を目指していた。大学は中退、コンビニと深夜のカラオケのバイトで生活費を稼ぐ、売れないシンガー。




1Kの小さな城には、最低限必要な物以外は何もない。この間取ってもらったクッションが部屋の隅に座っているだけで、あとは低いテーブルとギター、赤いソファ。綱海さんと一緒に住むことになって、まあ色々あったけど、初めて部屋に入ったとき彼が意外に綺麗好きであると知った。正しくは物欲が極端で、来たときにはテーブルすらなかったのを俺が持ち込んで、なんとか今の形になっている。


「それ、新曲ですか?」


そういえばソファの横にはマガジンラックが置いてあるのを忘れてた。マガジンラックは購入するのにあたり一悶着あったのだが、結局綱海さんが使っている。そのためマガジンラックには楽譜や、音楽雑誌がやや乱雑に挟まれていた。彼は物欲こそ少ないが、趣味や嗜好品には惜しげなくお金や労力を注ぐ人だった。そのために努力もする人だったから、お金で心配したことはなかったが、バイトを増やした綱海さんが風邪で倒れ、その看病ののち俺が倒れた時、とうとう二人の間でルールを決めた。ひとつは、お互いに趣味や勉強や仕事や、なんでも無理をしないこと。ふたつ、どちらかが無理をしていると思ったらすぐに止めさせること。みっつ、隠し事をしないでなんでも話すこと。これが一番大切で、難しい。俺は守れる自信があって、たぶん綱海さんも自信があるんだろうけど、そんな自信の程なんかお互い知らないから。ルールを二人で決めた時、本当に二人で生活していくんだなと思って嬉しかった。だけどそのぶん、破った時の恐怖も、生まれてしまったのだ。


俺は朝が早いので、いつも綱海さんより早く布団に入った。深夜のバイトがある日はそれこそ独りきりだけど、バイトがなくてもあまり変わらない。暗い中、綱海さんは部屋の隅で頭を掻きながら音楽のことを考えている。綱海さんは売れないシンガー。昼はコンビニで、深夜はカラオケでバイト。バイトのない日は音楽活動。俺は大学一年生、昼は学業、サークルは入っていない、通学時間は一時間弱だけど急げばその半分で行ける。俺たちは全くちぐはぐで、だからルールを決めたのだけど、もとは綱海さんの生活区に入り込んだのは俺で、だから図々しいんだと思う。さびしい、なんて思うのは。


「いや、」


綱海さんはこちらを見ずに答える。手に持っている白い紙は恐らく楽譜なんだろうけど、本当はどうなんだろう。俺は布団から少しだけ身を起こして、目を凝らそうかとも思ったけどやめた。俺の足許に座る綱海さんは俺の身長分だけ遠くにいた。こういうとき、狭いけど一間でよかったなあなんて思う。オレンジっぽい証明が綱海さんだけを器用に照らす。


「前に出した曲ですか?」
「それ。もう聴いた?」
「はい」
「どうだった?」
「風刺がちょっと強すぎる気がします」
「そうかアァ〜」


綱海さんは頭を乱暴に掻いて、後ろへ大きく仰け反った。俺が思わず笑ってしまうと、このやろ、と足をくすぐってきて、俺は身をよじる。少しのじゃれあい、くすくす笑う声が狭い一間に静かに響く。
こうして綱海さんが俺に意見を聴くこともあって、だから俺はいつでも綱海さんの新曲がでたら欠かさず買った。仕送りをなんとかやりくりしているのでお金の自由はあまりないけど、これだけは譲れない。そうすればたまにだけど、音楽の話で綱海さんと深夜のおしゃべりができた。俺は音楽はあまり詳しくない。だけどそれでも、こうして時間が持てるのはとても嬉しい。俺が学校に行く頃には綱海さんはまだ夢の中で、俺が帰ってくる頃にはバイトで、顔をあんまりあわせないから、尚更。
綱海さんは歌手だけど、まだインディーズの中のインディーズで、知る人ぞ知る歌手で、その知る人とは俺で、本当は、それだけでよかった。綱海さんは売れないシンガー。だけどそのうち人気になってしまったら、もっとふたりはちぐはぐで、もっと離れちゃうのかな。人気になって、綱海さんはたくさんの人に愛されて、それで。
綱海さんはなるほどなあと呟いてたちあがり、もう一度ペンを握り白い紙とにらめっこを始めた。俺は布団にくるまりながらその様子をただ眺める。後姿だけの綱海さんを眺めるのは今は間違いなく俺だけで、振り返った綱海さんが見るのは俺だけだ。俺の視線に気付いて、綱海さんは心配そうにどうした、なんて言う。俺はなんでもありませんと言う。本当は、なんでもなくなんてない。さびしくて仕方ないのに。
俺は今隠し事をしています。綱海さんに言えないことがあります。
俺は、本当は綱海さんに売れてほしくないなんて、思っている。






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