「嫌いだ」
「大嫌いだ」
「き、ら、い、だ、」
「だ、い、き、ら、い、だ、」

「――それだけ?」










「他に何がある」

私は赤い頭を眺めた。自らを紅蓮と称するようにその色素は赤というより紅に近い。あか、を見ると思い出すのは明るい朱であって決して紅ではなく、願うべくはどちらも思い出したくなんてない。忌々しい、吐き捨てて拳を握る。向かい合って互いに掴み掛かったゼロ距離では舌打ちの音もよく響いた。額を合わせて睨み合うほどの顔の近さでは何もかもが火種となり、胸ぐらを掴む手をずらせばすぐに首に届いて全てを終わらすことも出来る。裏を返せば、なんてことはない。私はバーンが嫌いで、バーンは私が嫌いで、何に発展しようというのか。押し付けた額がどこにずれたら間違いが起こるという。腕がどこに伸びたら何が発展する。私はバーンが嫌いで、バーンも私が嫌いで、互いに散々叫び合いいがみ合い憎み合ったりなんかもした。大嫌いから動かない距離で合わせた額。だからそれだけだったしそれだけで良かった。
引っ張られた襟元の布が寄って、皺をつくった。なあ、と至近距離の唇が動く。


「嫌いの反対って知ってるか」


知らない。知りたくない、わからない、わかりたくない。突然のバーンの問いに、不思議と驚きはない。きっとどこかで予測が出来ていたのだろう。近くでバーンの瞳が明るく光る。余裕すら感じられるので負けじと睨み返す。決して視線をそらすものか、そらすとその瞬間負ける。何に、負ける。
私はバーンが嫌いで、バーンは私が嫌いで、それだけで良かった。間違っても裏を返せばなんてことはなくて今もこうして互いに罵り合う。嫌いの反対、なんて知りたくない。発展は訪れやしない、何を間違っても。嫌いの反対は不毛だ。忌々しい。
しかし吐き捨てたところでバーンは畳み掛けるように私に攻撃をする。それは振り上げた拳にもよく似ていて、刃物にもよく似た言葉のたぐいで、私に傷をつけるもの。やめての三文字を叫んだところで、いちど勢いのついてしまったものの加速は防ぎようがなく、だから私はいつも甘んじて受け入れた上で拳を返していた。昔から。暴力は怖くなかった。派手なつかみ合いに発展して身体中痣をつくったことなんかもある。でも今はだめだ。痣では済まない、言葉は意味をもったらだめだ。傷が私を殺してしまう。額を寄せたままバーンの動かす唇のモーションが、紡ぐ言葉が、脳裏に浮かんで叫びそうになる。見えないのに聞こえないはずなのに、耳の中でエコーしてしまうことばに唖然とする。うそだうそだうそだ、その先なんか、知らない。
耳を塞いでしまうとますます私の世界にはバーンしか存在しなくなってしまうので、目をつぶる。私の世界に私しかいなくなる。怖い。なんてうそだ、怖くない。うそだそんなあかなんか見えない、いらない、言葉なんかいらない、私はバーンが嫌いで、バーンは私が嫌いで、それだけでだからそれでいいのに。私は必死に懇願するが声にならなかった。変わりに掠れた嗚咽が喉を駆け上がる。彼は、バーンは、何のための掴み合いだったのか、いがみ合いだったのか、遂に理由を探してしまったのだ。そして見つけた。
私たちは結局、似たもの同士であったということを。
それは、――








「泣くなよ、」








胸ぐらの拳が解かれなかったのが、唯一の救いだった。


















嫌いの反対






















すきだ







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