想像しても、君しかいないの続きのようになっています












「雨だなあ」

「雨ですね」



俺達は並んで軒下に立っている。暗く影の落ちるそこからは、同じく暗く湿っぽい雲からしとどに落ちる雨が見える。
俺達が雨宿りに拝借しているこの場所は、いまはもうシャッターが降りていて人の気配すらない。トタンの屋根に、雨が叩きつける音だけが響く。




「あーあ、ビショビショだア」

「俺もです」

「なァんかこんなところにいても、すっげー今更な感じじゃねー?」

「うーん」




シャツをすこしだけめくって絞ると水滴がこぼれた。湿気と水気で額に張り付く髪の毛を掻き分けて、ため息を吐く。隣で困った声を出す立向居をふと見遣ると、彼もまた、同じように濡れ鼠となっていた。
短めの前髪が額に張り付いて、そこから、水滴がぽたりと顎を伝って落ちる。張り付いて皺になったシャツの隙間から覗く項なんかにも。
なんかちょっとヘンな気分になりそうで、俺はとても、とても狼狽した。




「早く帰ろうぜえー」

「帰るって、」

「ばっか、オマエんちだろ。泣きながら『つなみさあ〜ん、いっちゃいやですう〜!』って言ったのは誰だったかなア〜」

「そそそそんなこと言ってませんし泣いてません!変な捏造しないでください!」

「それにしてもヒデェ雨だな」

「…そうですね」




立向居が泣きながら懇願したというのは完全に冗談だけれども、俺には確かにあのとき、何故か彼が泣いているのではないか、と思ったのだ。
バスのステップに足をかけたとき、見送る彼の笑顔がどうしてもひっかかって思わずその足を降ろしてしまった。
気がつけば、バスは走り去った後だった。
しかし、実は全くの杞憂でしかも俺の恥ずかしい勘違いだったのかもしれないし(実際、多少の希望を含んではいた)、一度だけこぼれたように見えたしずくは、その後突然降り出した雨によってかき消されてしまったのだけど。
腕を掴んで走り出したときには、もう笑顔にかわっていたのでどうでもよくなってしまったというのもまた、事実。





「どうせならこれでもか!ってえ位、濡れてやろうぜ!」

「えっ」

「めちゃくちゃ時間かけてさァ、」

「はい、」

「ゆっくり帰ろうぜ!」

「…そうですね!」




ザアザア落ちる雨を見るのも飽きたし、と思って。
どうせなら濡れてやろうとの提案を、立向居は笑顔で返した。
ただし、何もせず濡れてやるのはごめんだったので。
どうせなら、と頭を捻りながら、結局は結構な時間を屋根の下で潰すことになったのだが、それにはあえて目を瞑ることにする。

そうして俺達が選んだ手段は、遊びをしながら帰る、というもの。
遊びは、立向居の提案でグリコとなった。





「綱海さんいいですかー!」

「おー」




何度目かの掛け声で、初めは俺がリードしていたけど、じわじわと立向居が迫ってきていた。俺は勝負事はとことん真剣になる性質で、だからたとえ後輩相手であっても寸分手を抜くことはしないが、なにぶんその後輩も同じくらい負けず嫌いで、だから妙に白熱していた。
土砂降りの雨の中、パっと見気の抜ける掛け声を、真剣に力強く叫ぶ。
傍から見れば、とても珍妙でお馬鹿な光景だった。




「やっ…た!俺の勝ちですよ!」

「ぐっっそおおおお………!」

「ち、よ、こ、れ、い、と、おお!」




チョコレイト、といいながら立向居が向かってくる。れ、とい、の間で俺の横をすり抜けていく。




(あれ?)




と、の時にはだいぶ、前にいるではないか。
力強い足音が少しだけ遠くで響いた。
俺は首をかしげた。別に、歩幅が大きすぎる、とかそういうことに文句をつけたいわけではなくて。





(背中…)





ただ、いつもと違うなあ、と思ったのだ、唐突に。





「つなみさーん?」




急に動きのなくなった俺を訝しがり立向居が振り向く。俺はその表情の遠さにドキリとした。
俺はディフェンダーで、だからゴールキーパーの背中なんて見慣れていなくて、
立向居はいつも見送る側で、俺はいつも送られる側で、
だからか、なんて思ったりした。





(結構、寂しい。)





隣をすり抜けていくときにかすかに感じた風や、温度や、空気の動きがとても寂しい。
だんだん小さくなる背中を見ているだけで駆け寄れないのは苦しい。
背中の向こうにある表情が見れないのは、つらい。






「たちむかいゆうきィー!」

「ハイー?」

「オマエ俺が勝ったらなー」

「え、はいー?」

「今度はオマエが俺んち来いよー!」

「えっ」

「てか強制連行なー!」

「それ勝ち負け関係ないじゃないですかー!」

「うるせー抱えてでも連れて行く!!!」




ぬわははははァア〜!




間延びした会話を強制的に断ち切って、俺は笑いながら次の手を考えた。俺は勝たなければならなくなった。こういうプレッシャーは嫌いではなく、逆にもえるじゃん、なんて思いながらグリコのグーを強く握るとほんの少しだけ震えた。
雨が相変わらず全身を濡らす。でも今はそれがむしろ、ありがたかったりもした。









(たぶんきっと、泣いてた)











雨の中でふたり
















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※注 グリコとは?

じゃんけんをして、勝った人が先へ進める国民的ゲーム。
パーならパイナップル、チョキならチョコレイト、グーならグリコの文字数だけ進める。地元ルールによって多少の差異がある。


わたしは大抵取り残されるクチです。笑








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