俺達は久しぶりに再会をした。前にあったのは半年か、一年位前になる。そのくらいのブランクともなると、積もる話は尽きなくて、一日中辺りをぶらぶらしたり部屋でごろごろしたりして、たくさん話してたくさん笑った。
どんなに月日が経っても、綱海さんは相変わらずで、行き当たりばったりのノープランで福岡へとやってくる。携帯電話は好きじゃない、手紙をするほどマメじゃない。そんな綱海さんとなんだかんだ縁が途切れないでいるのは、こうしてたまに、綱海さんがふらっと現れるからだった。
(綱海さんは冗談に、「愛の力」なんていうけど。愛があるから、だなんてそんなことは、俺からはおこがましくてとても言えない。)


たまに泊まっていくこともあるけど、今日は日帰りなのだそうで、だから余計にたくさん話をした。駅行きのバス停に向かう道を歩きながら、俺は必死に綱海さんの名前を呼んだ。綱海さんはそれに笑って答えてくれ、俺は嬉しさで声が上ずってしまったほどだ。この癖だけは、ずっと昔から治らない。二人で並んで歩けるのはとても楽しい。俺は話すのは得意ではないけど、綱海さんとの会話は心が弾んだ。
それでもバス停が見えてくるほど、口数が減って、ついにはお互いに黙り込む。
寂しくポツリと置かれたバス停は、嫌でもお別れのときを思ってしまうのだ。
足音だけが重く響いて、俺はつい、歩みを遅くしてしまった。綱海さんはきっとそれに気付いているけど、俺に合わせて歩幅を狭めた。



「じゃあ、」



バス停について、時刻を確認するまでもなく迎えのバスが遠くに見えた。
短い言葉、それだけで簡単に綱海さんはバスへ脚を向ける。もうそろそろバスが止まる。止まってしまう。



「はい」



お元気で、はちょっとへんかな、またね、って言った方がいいのかな、またねって、いつなのかな。俺は少し考えた末、結局何も言えなかった。俺はちゃんと笑っているだろうか。綱海さんに変な心配をかけるわけにはいかない。ちらりと視線を外した先の、車の窓に映った自分の顔をみて、ほっとする。なんだ、ちゃんと笑ってるじゃないか、なんて。
へらへら。そんな風に笑う表情がひどく場違いに思えた。手を振る、ぺらぺら紙みたいに空を掻く。
だんだん頭が重くなってきて、項垂れてしまいそうになる。



(いま下むいたらだめだ、)



見送らなくちゃ。
背筋と腹筋にぴんと力を込めて前を向こうとする。それでも、じわじわ視線は下がっていく。とうとう、綱海さんの顔は瞼の上になってしまって、俺は綱海さんのつま先だけを眺めた。大きな歩幅は、あとほんの数歩でバスの上。
見たくない。
笑ったら、目を閉じられるから、だから、笑った。



「元気で、また、連絡しろよ」
「はい。綱海さんこそ」



(べつに、会えないわけじゃない。)



ぎゅうと手を握られる。だから、握り返した。
両手を重ねると、綱海さんはいつも親指で俺の手の甲をなでる癖があった。



(女子じゃないんだから、泣いたりはしない)



そっと力を込めたあと、ゆっくりと手を離す。
自分から離れなければ、優しい綱海さんはきっとこのままでいてくれてしまうから、俺は一歩下がって手を下ろした。
でも本当は、もし綱海さんに手を離されてしまったら、と思ったら怖くて、だから俺は先回りをした。



(女子じゃないんだから、)



俺は笑ったままだったから、バスのドアが開いた音だけをきいた。きっと何度かステップを踏んで綱海さんは階段を上る。二度目の空気音で、バスが閉まったのだと思った。果たしてそれはその通りで、鈍いエンジン音が遠くなる。
全部頭の中のことだったけれども、音だけでもずいぶんと簡単に現実はわかってしまうなあと妙に感心した気持ちで、俺は立ち尽くす。
もう笑顔はとっくに消えているけど、目を開けたくはなかった。
笑わない目許が閉じられているのはとても不自然で、目を開けてしまうのはとても簡単だけれども、瞼の裏側の水圧がそれを拒んだ。



(泣いたりは、しない)



いま目を開けたらきっと全部がほんとうになってしまうんだ。
それがとてもとても、怖かった。
目を開けて、全部を受け止めないことは、泣いてしまうよりもずっと女々しくて情けない。ボールを受けるのは好きなのに、受け止めるものが違うだけでこんなにも違うなんて思ってもみなかった。こんなにも、怖くて苦しくて、つらい。
でも情けないのはもっと嫌だ、と思った。



(さんにいいち、で目を開けよう)



さっきまでの、微かな温度を思い出す。俺は小さく息を吸った。





(さん、)





(にい、)






(…いち、)






目を開けると、しかしそこは真っ暗だった。
ひとつ違ったのは、俺は何故か、柔らかい暗闇に包まれているのだった。小さく鼓動が聞こえる。あたたかい。
俺は戸惑いながら、希望をひとつ、口にした。




「……つなみさん……?」




目の前の温もりがかすかに動く。







「……おう」











「え、」




希望が、へんじを。





「え、つな、え、」

「ハイサイそーですにーにです。」

「?…、?!……いったい、これは、どういう…?」

「うんまあ、」




ぎゅうと締め付けられる。顔は全体がすっぽりと覆われてしまって、暗闇のままだったので、俺は未だに想像の中のまま。
だけどそれは期待でいっぱいで、できれば今すぐに、顔をあげたい。
頭の上でもごもごと声にならない声が聞こえた。




「…雨が降りそうだなって思って、」

「?はい」

「でも俺は傘をもっていないので」

「はい、」

「確か立向居も持っていなかったなあと思い」

「…はい」

「つまりだな」






そこで俺は顔を上げた。
少し高い位置にある顔がへらっと笑う。照れ隠しの意味もこめられたそれに、俺もつられて笑い返した。笑ったときに細めた目尻から、ぽろりと何かがこぼれて消えた。



(答えはイエスしかありません)











「やっぱ今晩、泊めて」
















想像しても、君しかいない















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数年後くらいのふたり










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