愛と恋の狭間

 鮮やかなグラシデアの花が群れ咲くソノオの花畑は、世界絶景百選の上位ランキングの常連なのだとか。
 思い返せば、テレビで取り上げられている事も多いし、持っているガイドマップでも主役級のページ配分を組まれている。もちろん、このページも私のつけた大きな丸で抜かりなくチェック済み。

「やっぱり写真で見るのとは全然違うねぇ」

 見渡す限りの花の絨毯は流石百選と言うべき圧巻の光景で、うっとりとしてしまう。
 いつの間にやら勝手に出てきたエルフーンとジャローダも私の隣で同じように釘付けになっていた。やはりくさタイプということもあり、心惹かれるものがあるのだろうか。それとも乙女心を擽られたのか。
 私達の数歩後ろでは、こちらも勝手に飛び出してきたであろう緑のかたまりをトウヤが必死に窘めていた。目線の先を追えば、濃厚な花の蜜を惜しみなくかけたホットビスケットの屋台。こちらは花より団子をご所望らしい。

「流石にお前、それは食いすぎだろ。……あのな、そんな顔してもダメなものはダメ!」

 確かにこちらに来てからのランクルスは少々暴飲暴食が過ぎる。食べ物の気配を察知するとすぐにボールから出てくるのでトウヤが手を焼いていた。
 ただ、ランクルスも相当におねだり上手なのだ。強請られると結局買ってしまう。昨晩悔しそうに愚痴をこぼしていた。因みに先日私達が秘密でアイスを食べた事は早々にバレた。
 その手にはもう乗らないと、珍しく要望を突っぱねているトウヤ。しかしランクルスもおねだりの姿勢を崩す気はなさそうだ。私の見立てでは、きっともう一押しってところだろうか。あの子のバトルスタイルは公私共に『とにかく粘る』だ。

「けど、あれすっごく美味しそうじゃない?」

 そう言ってしれっと緑の食欲おばけの隣へ並んでみる。こっそり目配せをすればにまにまと悪そうな笑みを返してきた。
 確かに食べ過ぎ。だけど、あんなに美味しそうな食べ物見逃せるわけがないじゃない。


***


「もう一人居たな、食い意地張ってる奴が……」
 
 さっきまで楽しそうに花を見ていたはずのナマエが、私も食べたいと言いたげにこちらを見つめてくる。ランクルスだけでも手一杯だというのにもっと厄介なのが参戦してきたもんだから、思わずため息が漏れてしまった。

「ね?たまの暴食くらいいいと思わない?」
「……駄目。買わないからな」
「駄目かあ」

 訴えるような瞳に承諾の言葉が口を突いて出そうになり、慌てて目を逸らす。
 別にナマエが食べたきゃ食べればいい。これを言うとデリカシーが無いとブチ切れられるので思うだけに留めているが、彼女の体重が減ろうが増えようが、ナマエの見た目は俺にとって大した問題ではないのだ。
 だがランクルスは駄目だ。こちらに来てからバトルとは疎遠の生活だというのに、この緑のぷよぷよずっと食べている。ねだられるままに食わせてしまう俺も同罪なのだが、そろそろ本気で次の健康診断が怖い。

「どうしても駄目なの?」
「粘るなあ……」
「だって食べたいもん。ねー?ランクルス」

 楽しそうに目配せをする一人と一匹。そして、駄目押しと言わんばかりの上目遣いは俺の決意をぐらりと傾かせた。
 食べ物が絡んだ時のこいつらはタチが悪い。けれどこの目に弱い自覚もあるので、本当にどうしようもない。
 あんな風に熱視線を送られたら最後、いつも白旗を上げるのは俺の方。こればっかりは勝てる気がしない。

「もー……ランクルスは今日からトレーニングだからな!」
「やった!」
「ナマエも付き合えよ」
「共犯だからね。そのくらいは頑張りますとも」

 任せておけとでも言いたげに胸を張っているが、ナマエの体力の無さはよく知っている。もういっその事、これを機に多少鍛えるというのもありなのでは、なんて考える。

「にしても……、トウヤってほんっとランクルスに弱いよね」

 ランクルスに粘られると折れてしまうのも事実なんだけど、今回のはどちらかというと――いや、まあいいか。
 お目当てにありついて呑気に笑っている彼女に、そういう事にしておいてと呟いた。

知らぬが花