愛と恋の狭間

 エネルギーみなぎる場所、クロガネシティ。
 シンオウ地方を縦断しているテンガン山の裾野に作られた小さな町。
 ポケモンセンターの前の道を真っすぐに進めばクロガネ炭鉱の入口に通じており、町の規模からは想像が出来ない程のとても広い炭鉱が地下へと広がっているのだそうだ。
 シンオウ地方のエネルギーを七割以上担っているんだよと、以前この町のジムリーダーが誇らしげに話していたのを思い出す。尤も、ホドモエのコンテナ跡地にバトル施設ができた頃の話なのでもう数年前の話になるのだけども。イッシュのネジ山もかなりでかい鉱山だと思うが、恐らくここの深さとは比べ物にならないだろう。

「ダイゴさん!」

 夢中で壁を掘っていた男は泥だらけの顔で振り返り、早かったねと顔を綻ばせた。
 カント―やジョウトよりもっと南に、ホウエン地方という自然豊かな大きな島がある。えんとつ山という活火山とその裾野からなる本島と、その周りの小さな島々が属する地方だ。
 そんなホウエン地方の元リーグチャンピオンが、今目の前で笑っているツワブキダイゴという男である。

「久しぶり、トウヤ君」
「直接会うのは二年ぶりくらいですかね?お久しぶりです」
「いきなり呼び出してごめんね。早い方がいいかと思って」
「いえ、むしろ無理なお願いをしているのは俺の方なので……」
 
 まあ座りなよと収まりのいい岩を転がして寄越してきたので、促されるまま腰を落ち着かせる。
 辺りを見渡せば、彼のものであろうバックパックや多種多様な工具が散乱している。よく見れば顔だけでなく洋服も、というより全身泥だらけだった。
 ダイゴさんとの初対面も似たような状況だった気がする。
 故郷を飛び出した直後、ホウエンを旅していた道中の事だ。イッシュでは生息していないポケモンや、視界に飛び込んでくる目新しい景色。何もかもが新鮮で、とにかく色々な場所を歩いて回ろうと思った。
 今思えば、見える範囲で探索すれば問題ないなんて高を括ったのがそもそもの間違いだったのだろう。安易に薄暗い洞窟へ足を踏み入れた俺は、案の定しっかりフラグを回収し、足を滑らせ地下に落ちたのだ。
 幸い怪我はかすり傷程度で済んだのだが、よりによってあな抜けの紐もフラッシュを覚えた手持ちの当ても無い状態でのアクシデント。仕方なくライブキャスターの灯りを頼りに可能な限り暗闇の中をふらふらと彷徨っていた所を、運よく通りがかったダイゴさんに助けてもらった。あの時も石を探しに来たとかで、彼は全身泥だらけだった。
 それから数年後。PWTの中継をきっかけに元ホウエンチャンピオンとしての彼の試合を見ることになるのだが、泥まみれになりながら石を探していたダイゴさんからは想像もつかない程切れのいい試合運びに、画面へ食い入るように見入ってしまったのは今でもよく覚えている。

「はいこれ!頼まれてたやつ」

 バックパックとは別に持っていたのであろう。しっかりとした作りのアタッシュケースのポケットの中からなにかを取り出したダイゴさんは、それを俺の手のひらへと握らせた。
 3センチ四方ほどの薄平な小さな木箱。滑らかな肌触りを指で確かめつつ親指を丁度真ん中の割れ目へと差し込めば、ぱかりと箱の上部が跳ね上がる。
 中にはアクリル越しにもしっかりと存在感を放つ八芒星が一粒。小ぶりながらも目を引くその輝きに、思わず感嘆の声が漏れた。
 
「石の事よく知らないですけど、凄いっすね」
「本当はこんな板越しじゃなくてしっかり見せてあげたいんだけど……、それは成功するまでお預けかな?」
 
 そう言って物柔らかに笑う水色の瞳に、勘弁してくださいと弱弱しく返すことしかできなかった。

きみと目指す星の位置