愛と恋の狭間

 イッシュには地下鉄が通っている。ライモンシティから蜘蛛の巣のように張り巡らされた地下鉄の線路のおかげか、他の地方に比べるとイッシュの交通事情は電車が六割をしめている。残りは自転車やポケモンによる移動と徒歩がそれぞれ同じくらい。その内訳のほとんどは旅をするトレーナー達だ。
 これと似たように電車やタクシーと言った文化が発展した地方もあるが、全国区でみるとまだまだ少数。例に漏れずここシンオウ地方民の移動手段も、八割がポケモン、または徒歩や自転車というように、地に足をつけた暮らしが主流のようだ。
 そんなわけで、私ナマエはイッシュの地下鉄文化にすっかり甘やかされて育った貧弱な人間だ。対してトウヤは、がっつりと地方を歩き回り自転車を乗り回しポケモンと旅をした、かなりの実力派である。

「地下通路なんてものがあるんだから、地下鉄くらい楽勝で通せるでしょ……」
「お前は体力ほんとないよな」

 ぜえはあと上がった息を整えるために足を止める。来た道を戻り、コトブキシティ経由でソノオタウンへと向かう旅路は今日で三日目。私は今、シンオウ地方の険しい山道の洗練を受けている。
 ヨスガまで来る時は、こんな山道なんともなかったはずなのに……。目新しい雪国の景色やコンテストの事で頭がいっぱいになっていたので、きっと感覚すら麻痺していたのだろう。ハイテンションというのは本当に怖い。
 マップは船の中で飽きるほど見ていたが、土地の真ん中が大きな山で分断されているのがシンオウ地方の特徴だ。テンガン山と言って、この山の頂上には神話の始まりと言われる槍の柱というものがあるらしい。トウヤが登ろうぜと言い出したのを青い顔で慌てて止めたからよく覚えている。
 そんなテンガン山は、裾野だけでもビギナーの私にはとてもとても厳しい山だった。特にヨスガとクロガネを繋ぐ洞窟。先ほどやっとの思いで抜けてきたが、出来ればあそこはもう通りたくない。

「今日中にクロガネゲート抜けないとまた野宿だな」
 
 まあ俺は別にいいんだけどさ、とトウヤが言い終わるより前に私は絶対に嫌だと遮った。野宿三日目を乗り越える精神状態ではない。二泊も頑張った方だと褒めて欲しいくらい。試しに、えーんむりだよと泣き言を言ってみたが、アホ言ってないでさっさと歩いてと一蹴されてしまった。つい数日前のベタ甘なトウヤは幻覚だったのかもしれない。
 活を入れられようが泣き言を一蹴されようが、私の体力が限界なのには変わりない。少し転んだらたちまち瀕死になってしまいそうなほど。ポケモンのキズくすりのようにすぐ元気になれるような、人間にもそんな何かが欲しい。エナジードリンクのような何かが。
 そんなことを考えてもメキメキと元気が出るわけでもなく、お腹も満たされない。歩くのは辛いが、野宿の方が絶対に嫌。そろそろふかふかのベッドで寝ないと体がガチゴチに固まってしまう。気合いで頑張るという根性論しか残された道は無いようだった。

「ほらナマエ、とりあえずクロガネまで頑張って」

 少し先を歩くトウヤが激励を飛ばしてくる。私もトウヤも同じだけ歩いているはずなのに、なんであんなに平気そうなの。まあ、彼は少し体力お化けなところがあるから、私なんかではとても張り合えないのだけれど。ビギナーとベテランの差を見せつけられてしまい溜息が出てしまう。

「追い、ついた!」
「やっときたな、おつかれ」
「けどまだもう少しあるでしょ?」
「いや、1回休憩にするか」

 ほらアレ、というように道の先を指し示すトウヤ。その指先を目で追えば、山の窪みに町が広がっているのが見えた。あの大きな建物はこの間立ち寄った炭鉱博物館、それからジム。クロガネシティはもう目の前のようだ。

「悪いけど、俺ちょっと約束があるから先行くわ」
「え?約束?」
「ああ。だから先ポケセン行ってて」
「えっ、ちょっと」
「用心棒にランクルス置いてくわ」

 頼んだぞとランクルスをボールから出したトウヤは、そのまま走り出す。私の呼び止める声なんて聞こえていないようで、みるみるうちに小さくなっていく後ろ姿。約束って誰と?なんて問いかける間もなかった。私がいたら不味い相手と会うのだろうか。なんだか少しもやもやしてしまう。

「あーあ……ねえランクルス!私達だけでスイーツ食べちゃおっか?」

 確か炭鉱の近くにお店が出ていたはず。名物は確か、ごろごろとしたチョコチップを濃厚バニラアイスに混ぜた炭鉱アイスクリーム。スイーツの四文字に、目を輝かせくるりと1回転したランクルス。その顔は今にでも走り出しそうな表情で、私は慌てて緑色の手を掴んだ。

「トウヤには内緒だからね?」

 ニコニコと嬉しそうな顔で頷くランクルス。そうして残された一人と一匹は、手を繋ぎもう一息!とクロガネシティへと足を進めたのだった。

魅惑の四文字